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考へるピント

61 続 叩くと直る

2025/03/05
上野修

叩くと直る、で思い出すのは、テクニクスのオーディオコンポのアンプである。入手して、しばらくしたころ、ドッドッドッドッという音というかノイズが出るようになってきた。ただし、ノイズという言葉から想像されるような小さな音ではなく、音楽が聞こえなくなるような大きな音である。
 

ボリュームに関係なく、ドッドッドッドッガッガッガッガッと、だんだん大きくなって、最後はスピーカーが壊れそうな爆音になる。じっさいスピーカーのウーファーを見ると、こわいくらい大きく振動していた。
 

これを直すためのひとつの方法は、ノイズに負けないくらいにボリュームを最大にすることだった。爆音ノイズに対して爆音で音楽を鳴らすという逆療法である。これでダメな場合には、アンプを少し持ち上げて、オーディオラックにドンッと落とすと直ることもあった。直らない場合には、だんだん激しくドンッドンッドンッと何度も落とすと、スッとノイズが消えたのだった。
 

ただし、この落として直す方法には、副作用があった。同じラックにレコードプレーヤーが入っているので、レコード再生中にドンッドンッドンッとやると、針飛びしてしまうのである。だったら、レコード再生を中断してから対処すればいいのだが、レコードからカセットテープに録音中だとそれもできない。
 

レコードをカセットに録音する場合、最低でもレコードの再生時間に加えて、レコードとカセットをひっくり返してA面からB面にする時間がかかる。じっさいには、カセットの時間にうまくおさめるために録音する曲順などを工夫するので、再生時間の2倍、3倍の時間がかかってしまったりする。
 

自分のレコードなら、どんなに時間がかかってもいいのだが、レンタルしたレコードの返却期限がせまっていたりすると、トラブルがあると困る。初期のレンタルレコードは料金が高く、もちろん延滞料金も高かった。アンプからドッドッドッドッというノイズが発生しはじめると、できるだけラックを揺らさないようにしながら、ドンッドンッとアンプを落としたものだった。
 

こんな思いをするくらいならさっさと修理すればいいのだが、直す方法がないわけではないので、先延ばしにしてしまう。叩けば直るテレビもそうだったのだろう。修理代も安くはないし、修理してもまた壊れるかもしれないし、けっきょく修理を頼むのは、どうにも直らなくなったときだった(これは機械だけではなく、人間、つまり病気に関しても同じような発想だったように思う)。
 

またまたカメラや写真の話が後回しになってしまったが、撮影済みのフィルムを現像に出したり、仕上がったプリントを取りに行くのは、レンタルレコード店の行き帰りだったりしたし、その途中で、電気屋さんに寄って高価なオーディオ機器を眺めつつカセットを買ったり、質流店のショーウィンドウで中古カメラを見たりしたものだった。
 

白いギター、麻雀牌、革ジャン、時計、宝石、カメラといった出所不明なものが並んでいた質流店はどこかあやしかったし、当時できたばかりのレンタルレコード店はアングラ感があった。電気屋の2階の高価なオーディオコーナーは大人の雰囲気がした。
 

とにかく自転車でぐるぐる走り回っていたし、本屋やレコード屋はそんな巡回の定番中の定番、安定感のある場所だった。だからといって私は、いわゆる本好きやレコード好きでもなかったのだが。
 

レコードは傷つきやすいので、貸し借りするならカセットだった。オーディオコンポは持っていなくても、ラジカセはかなり普及していたので、カセットなら誰でも聞けたということもあるだろ。
 

学校行事で撮ったような写真を見せ合うこともあったかもしれない。気に入った写真があると「やきまわし」を頼む子もいた。「やきまし」が正しい用語だろうが、誰も正しい用語など気にしてなかった。「あるいて」を「あるって」といっても気にしないのと同じである。「やきまわし」を頼まれるような写真を撮って、ちょっとした小遣い稼ぎをしていた写真部の子もいたはずだ。といっても、50円の写真を100円とか200円で売るくらいのものだったと思うが。
 

カセットも写真もタダではなかったので、そうした行為は、いまでいう共有や拡散からは程遠いもので、どちらかというなら交換と呼ぶようなことだったのだろう。何と何を交換していたのだろうか。それがわからないので、カセットや写真をとおして交換という行為を学んでいたのだろう。
 

かつては、写真をはじめとしたさまざまなメディアに身体性がはりついていたことを語ろうとすると、どうしてもこのように余談だらけになってしまう。中心になっていた行為を強いていうなら、自転車でぐるぐる走り回っていたことになるのかもしれないが、私は自転車愛好家だったわけでもない。
 

しかし、そもそも写真に本題というものはあったのだろうか。
 

むしろ写真は余談、余談の余談、余談の余談の余談を誘ってきたのではないだろうか。

 

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