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考へるピント

1 ポートレートモード

2021/11/22
上野修

「考へるピント」とは、いうまでもなく名エッセイとして知られる「考えるヒント」をもじったものなのだが、どうしてこうなったかというと、いいタイトルを思いついたと「考えるピント」を検索してみたところ、かの田中長徳氏の著書がヒットしたので、違うタイトルにしなければと歴史的仮名遣いの原題をもじった「考へるピント」にした次第である。結果的に、二重、三重の意味で畏れ多いタイトルになってしまったが、そのくらい迂闊なタイトルということで、回想から現在の話までを、思いつくままに虚実織り交ぜて綴っていこうと思う。

 

とはいえ、あまりにタイトルに関係ない話もなんなので、まずは、ピントに関係ある話からはじめてみよう。

 

iPhoneのカメラには「ポートレートモード」という、背景をボカす機能が搭載されている。いつのころからかと検索してみたところ、2016年のiPhone 7 PlusとiOS 10.1から使えるようになって、徐々に対応機種が増えていった。はじめは、文字どおり人物撮影用のモードだったが、だんだん人物ではない物でもうまくボケるようなった印象がある。

 

このモードで撮影すると、撮影後でもボケ具合を調整することができる。具体的には「被写界深度」で「f値」の調整をすることができる。けっこう面白い。

 

もちろんこれは「f値」を動かして「被写界深度」を調整しているわけではない。そもそも、撮影後に「f値」を動かせるわけがない。しかし、それができてしまうのは、「コンピュテーショナルフォトグラフィ」という舌を噛みそうな長い名前のプロセスによって、あたかも「f値」を動かして「被写界深度」を調整したような画像を作り出しているからである。

 

同じように「照明効果」も変えることができる。撮影後に「自然光」「スタジオ照明」「ステージ照明」といった画像を作り出すことができる。けっこう面白い。

 

       

 

こんなことは、いわずもがなだろうから、専門的なことは専門家におまかせするとして、気になるのは、ここで使われているのが、「被写界深度」「自然光」といった一般的な用語であることだ。「照明効果」は「効果」がついていて、やや控え目のようにも思えるけれど、「照明(による)効果」なのか、「照明(を模した)効果」なのか。前者であるなら、まったく控え目ではない。

 

こうした機能がだんだん浸透していくと、「被写界深度」も「照明」も、撮影後に自在にいじれるものを指すようになっていくだろう。

 

そんなことが起きるのだろうか。

 

こうした機能は、はじめはお遊びのようなものとして登場して、人々が飽きて話題にもならなくなったころに、本格的なものになって浸透していることがある。面白うて、やがてなんとやらである。そうなったときには、もう後もどりできなくて、物理的な絞りや照明と結びつかなくなるわけだ。もちろん逆に、話題にもならなくなって、消えた機能も無数にあるけれど。

 

そんなことを考えつつ、iPhoneの画面をあらためて見てみると、「カメラ」や「写真」というアイコンがある。もうすでに、「カメラ」や「写真」というのは、こうしたアプリの世界を指しているのかもしれない。「写真」を開くと「アルバム」がある。「アルバム」も、いずれ物理的なものを指さなくなるのだろう。

 

このように、アップルはアプリや機能に平然と一般名詞を使う傾向がある。とはいえ、それはアップルだけの傾向ではない。

 

たとえば、2020年にリリースされたアドビの「Photoshop Camera」というアプリで「レンズ」と呼ばれているのは、エフェクト効果のパターンのことである。エフェクト効果は、カメラに「フィルター」といった機能名で搭載されることもあるが、この「フィルター」も、もともとは物理的なものを指していた。「カメラ」や「レンズ」や「フィルター」は、いったいどこにいこうとしてるのだろうか。

 

それはそれとして、こんなふうに、デジタルは、物理メディアから平然と一般名詞を奪っていく。iPhoneの画面には、物理メディアの墓碑銘のように、一般名詞が並んでいる。

 

       

アドビ Photoshop Cameraのレンズライブラリ

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