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考へるピント

51 その場所に その3

2024/10/14
上野修

(承前)
 

歩きはじめた北側の交差点に近づいてきた。
 

その手前の空き地には、かなり古く、そしておそらくは珍しい車が何台か置かれている。自動車工場のものだろうか。置かれているというよりは、もう長い間、放置されているような様子である。
 

車の間にもほとんど隙間がなく、なによりもその空き地に立ち入るのもはばかられるので、外側からその車を撮る。
 

唐突に、テキサスのある街でも、こうして荒涼とした場所を歩いたことを思い出した。バスで早朝に着き、あてにならなそうなガイドブックに載っていたステーキハウスを目指し歩いたものの、やはりそんな店はどこにも存在せず、荒涼としたエリアを一回りしてしまったのだった。
 

この記憶は、いささか非現実的すぎないだろうか。
 

そもそも早朝からやっているステーキハウスなどありそうにないのに、なぜそんな行動をしたのか。とはいえ、そう考えるなら、今している行動もそれなりにナンセンスである。と、思ったら、夢から覚めたような気分になった。
 

かつてこの場所に来たときに使った駅は、ここからどのくらいあるのだろう。検索してみると、30分ほどあることがわかった。近くはないルートだが、この道を歩くことはもうないだろうと思い、その駅を目指すことにした。
 

大学や病院になっていた敷地沿いをとぼとぼと歩いたが、当然ながらそこにはなんの名残もなかった。スタジアムになった敷地の横に公園があり、そこの大きな樹が、かつての場所のものをそのまま生かしたものであるようにも見えた。そう思いたいからそう見えているのだろうと思いながら、1、2回だけ、シャッターを押した。
 

昔、この場所に何回か来たときには、毎回、駅からの道の途中にあったバイク屋の店頭の中古バイクが欲しいと思いつつ、ここで買ってどうするのだろうと考え直し、撮影に向かったものだった。もちろんそのバイク屋も見当たらない。
 

今日、ふとした思いつきで北側から来たのは正解だった。駅からのルートで来たら、空き地にたどり着く前に、単調さにうんざりして引き返してしまったかもしれない。
 

じつは、近くにある飛行場から飛行機に乗ったこともあった。あれはとても晴れた日で、小型機からの景色もよかった。あとで知ったのだが、就航率がかなり低い路線だったので運もよかったのだろう。じっさい、帰りの便は天候不良で欠航になっていて、別の手段で帰ってきたのだった。またこの飛行場を使って旅することはあるのだろうか。
 

その場所には、スーパーマーケットが出店するという掲示があった。かなり広い敷地なので、大規模な施設になるのだろう。それが完成すれば、その場所に残る痕跡は何もなくなる。もうその場所が気になることもなくなるだろう。
 

心の片隅に浮かんでは消えていくその場所がなくなることに、ほんの少し寂しさを感じたが、その寂しさはすぐに安堵に変わっていった。
 

しかし検索してみると、この出店計画は取りやめになり、別の事業主が引き継いだらしいことがわかった。もともとは、2021年に開業の計画だったようだ。新たな開業予定は2029年になっている。すると、安堵はそれまで訪れないということか。
 

この日撮った写真をRAW現像をして見返してみると、公園で1、2回シャッターを押した後に、大きな樹を見上げて撮った一枚が最後の写真だった。Google画像検索で調べてみると、この樹の名はアメリカスズカケノキらしい。

 

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