(承前)
空き地を丹念に撮っている私は、不審きわまりないだろう。もしその男が警備員だとしたら、いささか面倒なことになるかもしれない。やましいことはないにしても、もし注意されたら撮りにくくなる。
かといって引き返すのも余計あやしいだろうし、可能なら、一箇所しかないだろうフェンスの切れ目からも撮ってみたい。
そのまま歩いていくと、その男が話しかけてきた。
私はじつは、スパイでしてね……。
……私もです。
という妄想まじりの滑稽な会話をしていても不思議ではないような、不審な男がふたり、話しはじめた。
飛行機を見てるんです。
その男は、無線機のボリュームを上げて、受信している航空無線の意味を逐一解説してくれた。そうだった、この場所は小さな飛行場の近くだったのだ。
今の時代はアプリでも離着陸がわかるんですがね。
今度は、スマートフォンを取り出して、フライト追跡アプリを見せてくれた。そうしたアプリは知っていたが、はじめて見たかのような返事をした。とりとめのない会話だけに、区切りがつけにくい。
私は空き地が好きで撮ってましてね……。
と、聞かれてもないことを話して、撮影に戻りたい意思をそれとなく示した。その男も、それを察して、飛行場の方向に去っていった。
それにしても、その男はなぜ、こんな場所で飛行機をウォッチしていたのだろうか。飛行場の近くには整備された公園もあるはずなのに。釣竿ケースのようなバッグの中身はなんだったのだろう。スパイではないだろうが、なにか別の目的があったのではないだろうか。
そんなとりとめのない想像をしながら、また空き地を撮りはじめた。
この空き地を囲んでいるのは、ごく一般的なフェンスで、網目が小さめである。網目の間からでは撮りにくいし、かといって手を伸ばしてフェンスの上から撮るにも、やや高すぎる。
やはりフェンスの切れ目から撮りたいし、できれば少し入ってみたい。
フェンスの切れ目あたりをうろうろしていると、どうも現場事務所に人の気配がする。もし空き地に立ち入ったら、ほんとうの警備員が出てきそうである。いずれにしても、堂々と空き地に入っていくほどの勇気もないので、またフェンス沿いを歩いていくことにした。
南側から東側にまわっていく。東側の方が、切り株、撤去しきれなかった建物などもあり、撮りごたえがある。なによりも、現場事務所が樹木に隠れる位置になっているので、気兼ねなく撮影できるのがいい。
ゆっくり撮りながら歩き、北側に戻っていくと、そこには特殊な大型車両の駐車場があった。やや雑に並んでいる大型車両が、この殺風景な空き地によく似合っている。
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