Photo & Culture, Tokyo
コラム

考へるピント

76 リプレイ

2025/09/29
上野修

MLB(メジャーリーグベースボール)を見ていると、リプレイ検証がゲームの一部としてすっかり定着しているのを感じる。
 

判定に意義がある場合には、チャレンジを要求すると、リプレイ映像を検証し、判定が覆る場合もある。テレビやネットで視聴していると、その間、中継映像の該当シーンが繰り返し再生されるわけで、待っている時間もエンターテイメントの一部になっている。
 

サッカーの半自動オフサイドテクノロジー、バレーボールのイン・アウトやタッチネット判定など、ほかのスポーツでも、たまに見ると、いつの間にか判定が電子化されていることに驚いたりする。
 

競技や大会によって、導入のされ方はさまざまだが、はっきりといえるのは、判定の方法が後戻りすることはない、ということだろう。たとえば、MLBは2026年の来シーズンから、自動ボール・ストライク判定(ABS)のチャレンジシステムも導入するという。つまり、これは不可逆的な変化なのだ。
 

はじめはテクノロジーによって人間の判定が左右されることに違和感があっても、すぐに慣れてしまう。なにより、人間の判定が間違いだらけだったことに気づいてしまう。
 

話は変わるが、人間の不正確さについて考えていて時々思い出すのは、昔の展評である。若い世代にはなじみがない言葉かもしれないので、いちおう説明しておくと、展評と書いてテンピョウと読む。読んで字の如く展覧会の評だが、これが独特の力を持っていた時代があった。
 

というのも、展覧会というものは一定期間開催されて終わってしまうので、展評の方が、多くの人の目に触れ、ずっと後まで残る可能性があったからである。その前提には、展評が、影響力がある雑誌に掲載されていたということがある。
 

とはいえ、展評に割かれる紙幅は限られているので、言及されるのは、ごくわずかな展覧会だけである。まず、言及するかしないかという判断があるわけだ。たっぷりと言及される場合は、展覧会の数は少なくなるし、展覧会の数が多い場合は、ひとこと触れるだけということもある。
 

そのひとことが肯定ならまだしも、疑問や否定の場合には、作者が不満や怒りを抱くのも当然だろう。的を得ていることもあるだろうが、そもそも事実誤認をしている場合もないわけではない。そんな場合にも、作者が抗議や反論する機会はないことがほとんどだっただろう。
 

今日から考えると信じられないようなことだろうが、ソーシャルメディアはおろか、インターネットもない時代なのだから、抗議や反論するなら、同じく雑誌などのメディアということになるし、掲載されるのは容易ではなかった(それゆえ、論争に発展した場合には話題になったし、著名人による反論が投稿欄に載っているといった興味深い現象も起きた)。
 

書く側も、充分な情報があったわけではなかった。ステートメントという名の作者の言葉も一般的ではなかったし、あったとしても、会場に掲示されているだけだった。いわゆるハンドアウトのようなものがあるのは稀だった。それ以前に、そうした説明を尽くすスタンスそのものが一般的ではなかったように思う。
 

もちろん、ちょっとメモ撮りするためのスマートフォンなどもなかったので、記憶で書くことになる。だったらせめて、できる限りメモをとるなりすればいいと思うかもしれないが、それをするのは主にジャーナリスト系の方だった気がする。いずれにせよ、書いているときに確認したいことがあっても、確認する術がなかった。
 

そんな時代に比べれば、現在の状況は、展覧会についても、事実上のリプレイ検証のようなことが可能になっていると考えることもできよう。インターネット上に、会場写真やステートメントがアーカイブされていることも多いので、それが明確な基準になったりもする。少なくとも、明らかな事実誤認は起きにくいし、起きた場合には、ソーシャルメディアで指摘することもできる。これもまた、不可逆的な変化だといえよう。
 

誤審や誤読は、ない方がいいに決まっている。精度も向上した方がいいに決まっている。では、どんどん精度が向上していくその先にはなにがあるのだろうか。そもそも、精度を向上させることが目的だったのだろうか。
 

繰り返しになるが、これが不可逆的な変化ならば、この変化の意味を考えようが考えまいが、いずれ結論は出るのだろう。とするなら、不可逆的な変化が招き寄せているのは、問いの意味そのものの消去なのかもしれない。

 

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