その場所を訪れるのも、これで三度目になる。
美術館に行くついでに隣にあるその場所を訪れる、というか、その場所を訪れるついでに美術館に立ち寄る、というか、美術館とその場所の二ヶ所が行く理由になっている、というか、三度目ともなると、そこに行くのだからそこにも行くという感じになってくる。
前回と前々回は、広角系と中望遠系の二台のカメラを持ってきたが、今回は、標準系の一台のみにしてみた。これまでは昼から午後にかけて着くように出かけていたが、今回は、違った光で撮ってみたいと思い、午前中に着くように出かけた。
美術館でのんびり鑑賞したあとに、道を渡り、その場所を撮りはじめる。くまなく撮るような撮り方はすでにしているので、今回は、気になるところだけを好きなように撮ってみる。といっても、結果はほとんど変わらないだろうが。
ゆっくりとフェンスに沿って歩き、あまり人目につかない場所まで行くと、フェンスが切断された場所があった。たしか、前々回ここに来たときには、しっかりと補修されていたはずである。
切断されては補修され、切断されては補修され、切断されては補修されという、いたちごっこが続いているのだろう。今回は、たまた切断されたばかりのところに来たのだろう。
人がひとり、楽にとおれるくらいの大きな穴が空いている。それは、自分も入ってみてしまおうかと思うのに十分な大きさの穴であった。この穴をとおれば、そこには別の世界がある……
結論からいうなら、私がそこをとおることはなかった。そこから侵入していたら、そもそもここにその話を書くはずがない。
しかし、まったく入らないのには惜しいくらいの堂々とした穴であることもたしかだった。
空間に少し腕が入ってしまうくらいなら許されるのではないか、と思い、その空間にカメラを向けてみる。同じような写真を撮るのでも、フェンスがあるのとないのでは、気分が全然違ってくることに驚く。
そんな躊躇、葛藤をしているうちに、バスの時間が迫ってきた。この日はこのあと、ミニシアターで映画を観る予定があった。はじめて乗る路線のバスでやや遠くにある駅に向かい、そこから電車に乗る必要がある。
急ぎ足で南側から西側に戻り、Googleマップを見ながらバス停の場所を目指す。時刻表で再確認したところ、次のバスまでやはり5分くらいあるようなので、すぐ後ろのコンビニに立ち寄った。
ほぼ時間どおりにバスがやってきて、予定の駅に向かうことができた。映画の上映までにはまだ時間の余裕があるのだが、早めに着きたかった。というのも、私の持っているチケットではネットからの席の予約ができず、現地で予約をする必要があったからである。
ネットから残席数を見ることはできるので、バスのなかでチェックしたところ、まだ10席弱あった。余裕だろう。
10分ほどで駅に着き、快速電車に乗る。目的の駅までは20分弱である。下車前に念のため残席数をチェックすると、3席に減っていた。意外と残り少ない。といっても、駅からミニシアターまで5分もかからないので、大丈夫だろう。
ミニシアターまでの道をよく頭に入れておいて、急ぎ足で向かう。スマートフォンで残席数をチェックする時間があるなら、とにかく急いだほうがいいとわかってはいるのだが、どうしても気になるのでスマートフォンを見てしまう。
すると、残席は2、1と減っていき、ミニシアターの寸前で0になった。こんなことがあるだろうか。唖然としつつ、スタッフの方に、補助席のようなものは出ないかと聞いたが、それも含めて満席ということだった。キャンセル待ちはできるかと聞いてみる。
まず出ないと思いますけれど。
万一出た場合でいいのでキャンセル待ちさせていただけますか。
うーん、出ないと思いますが、では上映時間になったら来てみてください。
名前や電話番号を書いておきましょうか。
大丈夫です。
どうやら、キャンセル待ちをお願いするのは私くらいのような雰囲気だったので、申し訳なく思いながらも、上映時間まで時間を潰すことにした。
早めに来たので、上映時間までまだ1時間ほどある。こんなに天気がいい日の午後を、1時間も無駄にするかもしれないのか。こんなことなら、もっとじっくり写真を撮ることもできたのに。いや、もう一本早いバスに乗っていたらよかったのに。キャンセル待ちのほんのわずかな可能性に賭けなければ、別のことに時間を使うこともできるのに。
じんわりと浮かび上がってくる可能だった行動を考えながら、近くのスーパーマーケットのエスカレーターで上の階に向かい、この街の駅前を、水平に一枚、見下ろして一枚撮った。
駅の周りをゆっくり2、3周して、まだ早いかと思いつつ、ミニシアターに戻ると、入り口にはぎっしりと人がいて、先ほどのやりとりを横で見ていたスタッフの方が奥から手招きしてくれた。
ありますよ、席、あります。
本当ですか、ありがとうございます。
キャンセルが出たのか、なんとか席を融通してくれたのか、キャンセル待ちをしている人物がいたことをしっかり覚えていてくれたのが嬉しかった。はじめのスタッフの方にもお礼を言いたかったが見当たらなかった。
こうしてこの日は、予定が完璧に噛み合った日となった。
そんなささやかな満足感から一日の写真を振り返って見ていくと、どこか違って見えてくる。完璧さが後悔を消してしまった時間の流れは、なんとも味気ない。
PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。