スナップ写真については、じつにさまざまなことが語られ続けているが、それがどのような行為であるかを形容するのは、簡単すぎるくらい簡単であるように思える。
カメラを持って動きながら撮る、それがスナップ写真だ。
最近では、歩きスマホ、ながらスマホという言葉があるが、スマホよりはるか前に、人間は歩きカメラ、ながらカメラをするようになっていた。いつ頃からかというと、小型カメラの登場からということになるので、ざっと一世紀前くらいからだろう。
木村伊兵衛は、こういっている。
三十年前の写真屋っていうのは、からだをあんまり使いたくないような人がなったもんです。うちんなかにすわって待ってれば、お客がくる。二階へあがって、カチャン、カチャンとやりゃあ、お鳥目〔お金〕になるんですからね。(笑)それに、あんまり頭さげなくってすむ。むかし、お医者さんぐらいの格式があったんですね。
ところがね、写真屋になってみたら、ちっともらくじゃないんですよ。いつ客がくるかわからないから、うちにくぎづけなんです。これじゃたまらないから、やめちゃいましてね。表へ出て写してまわるなんとつかずの写真屋になった。(『僕とライカ』)
これは1953年の発言なので、まさに一世紀ほど前の話である。ユーモアを交えて面白おかしく語っているが、ここには画期的な態度変更があらわれている。「表へ出て写してまわる」だけでなく「なんとつかず」というスタンスの「写真屋」が登場したのだ。
歩きカメラは、ながらもながらなので、かなり注意散漫になると思うが、そのあたりは問題にならなかったのだろうか。一世紀前のカメラはかなりの高級品だったので、そもそも歩きカメラをしている人がめずらしかったのかもしれない。
押し入れで暗室をやっているのがバレた植田正治が、「写真道楽を覚えるとは何事か」と父親にしかられたのが昭和3年(1928年)。当時の様子は、次のような感じだったらしい。
そのころ、私の町で写真をやっている人といえば、金持ちのだんなさんぐらいで、ベスト単玉が日本を席捲した当時でも、まだまだ普及率は低いものであった。いわんや、中学生の青二才が写真をするなんて、とんでもない。という次第で、おやじとしては「オンナ」と「バクチ」といっしょに、財産を減らす道楽と考えていたのは、当然であったろう。(『私のカメラ初体験』)
歩きカメラが問題になる以前に、高級品を持ち歩いてぶらぶらしているような人は、穀潰しの道楽者だったのだろう。いまでも高価なカメラを持ち歩いている人を、羨望まじりでそのような見方をすることがなくもないのは、そんな時代の名残だろうか。
数十年から半世紀ほど時代がすすんで、カメラが大衆にも普及してくると、観光地などでみんな同じものを撮って肝心の風景はさっぱり見ていない、と揶揄されるようになる。しかし、これはこれで、観察する以前(あるいは観察と同時)にパチリと撮るスナップ写真の本質を言い当てているようでもある。
ながらといえば、1979年に登場したの携帯型ポータブルカセットプレーヤーのウォークマンは、大きな話題になっただけでなく、議論を呼んだ。歩くのもながら、音楽もながら、全部ながらになるのはいかがなものか、というわけである。
ウォークマンを聴きながらスナップすると写真が変わるかどうか、という議論もあったと思う。音楽のジャンルによっても違ってくるか、落語を聴きながら撮ったらどうなのか、なんていう話もあった。
だが変わるもなにも、再生時間が終わったらカセットテープを裏返さなければならないし、撮り終わったフィルムは巻き取って交換しなければいけないし、ヘッドフォンのケーブルが邪魔なうえに、ウォークマンの電池の持ちも悪かったので、じっさいにやった人がいたとしたら、試みるのに精一杯だったのではないだろうか。
音楽を聴きながら歩く行為が定着するまでには、流行の波もあった。カセット、CD、MD、フラッシュメモリと再生デバイスも変化したし、ヘッドフォンやイヤフォンのスタイルも変化した。もちろん、カメラもまたそういった流行の波を体現しながら、変化してきたのだろう。
1980年代には、いささか無理やり気味だった、二重ながらの歩き聴き撮りも、現在ではスマホの普及ですっかり日常化した。とはいえ、小型カメラから100年、携帯型プレーヤーから50年経っているのは、思いのほか時間がかかっているようにも感じる。
普及スピードも圧倒的に早かったスマホは、もっと短期間で人間になじんでいくのだろうか。歩きスマホ、ながらスマホは、意識や行為をどのように練り上げていくのか。スナップ写真は、そういった変容のなかを、どのようにさまよっていくのだろうか。
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