前回触れたテンピョウについて、もう少し書いてみよう。
テンピョウとは、展覧会の評のことで、展評と書くのだが、雑誌時代、これはちょっと不思議なコーナーだった。
なぜなら、展覧会の評だということは、当然、展覧会を見たあとに書かれた評だということであり、そうした記事を読んだところで、ほとんどの場合もう行くことはできないので、集客などにはまったくつながらなかったからである。
とりわけ、月刊誌の場合、展評が掲載されるのは、1、2ヶ月遅れだったわけで、情報として捉えるなら、そんな過去のものがどうして載っているのだろう、と思う人もいたことだろう(じっさいにそういう意見を聞いたことがある)。
かといって、展覧会を事前に紹介する記事(プレビュー)にすればいいかというと、そうでもなかった。月刊誌に展覧会プレビューが掲載されている場合、1、2ヶ月前に記事ができていることになるので、開催されていないものがなぜか紹介されてしまっているという、ネタバレ感が滲み出てしまったからである。
レビュー(展評)にせよプレビューにせよ、しっくりこないこのあたりの展覧会をめぐる矛盾は、インターネット時代の現在、ほぼ解決されているといえよう。開催とともにいち早く取材し、すぐに記事を掲載すれば、会期中に情報を公開することができるからだ。ソーシャルメディアを活用すれば、作者自身が少しずつ情報公開(ティザー)していって、会期に合わせて盛り上げることだってできる。
今日において、紹介や記録の役割はこうした記事が担っているので、展評の役割は、それ以外の部分ということになるのかもしれない。
とはいえ、現在、昔の雑誌の展評を読む場合には、それがどれほど評論的なものであっても、ほかに情報が見当たらないことも多いので、紹介や記録としても読むことも少なくないだろう。しかし、掲載当時の書き手や読者の意識はどのようなものだったのだろうか。
もし、紹介や記録として残していこうとする明確な意識があったとするなら、そこにはなにを残したいかという選択がすでに入り込んでいることになるので、資料として読む場合、その選択の妥当性も考慮する必要があるだろう。
逆に、紹介や記録として残していこうとする意識がまったくなくて、同時代の評論として書かれていたのだとするなら、そのスタンス自体にも資料性があることになるだろう。残そうとする意識がない分、時代性を読み込むことができるかもしれない。
だが、当時の作者にも、記録として残ってほしいという意識がまったくなかった場合にはどうだろうか。むしろ、残らなくていいし、残したくないと思っていたような場合もあっただろう。
というのも、写真展の場合、開催しているのは写真を撮る人なのだから、たとえば会場写真を撮っておくことは、それほど難しくなかったはずだからだ。にもかかわらず、会場写真すら残っていない場合も多いということは、展覧会は発表手段のひとつにすぎず、展覧会そのものを記録として残そうとする意識が乏しかったということではないだろうか。
残そうとする意識といえば、パフォーマンスやインスタレーションといった残らないことがわかっている表現の方が、意識的に写真記録が残されているような気もする。
なにかの記録として捉えられることが多い写真だが、展評うんぬん以前に、ほかならぬ写真による展覧会の記録すら、あまり残っていないというのは興味深い。
記録した写真を写真で記録することには意味がないと思われていたのだろうか、といってしまっては言葉遊びのようでもあるが、記録したことも記録し続ける終わりなき営為を思い浮かべてみると、そのあたりに写真の写真らしさが潜んでいるといえるのかもしれない。



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