(承前)
その場所がある町の中心地に入ると、まず、マークしてあった郵便局に向かった。時折届いた手紙はここから送られてきた、という感慨がこみ上げるのかと思っていたのだが、おそらくは建て替えられたであろう郵便局を見ても、なにも感じるものがない。
そのせいか、少し気が楽になった。
かつてここに来たときに、タクシーで案内してもらい、町はずれの施設に行ったような記憶があったので、次は、町はずれにある記念館のような施設を訪れてみた。しかし、この記念館の建物も立派な新しいもので、まったく記憶と重ならない。それどころか、こうした新しい建物を見ると、記憶が上書きされてしまうような気がした。
敷地の一角に、ユーモアなのだろうか「マッぷ」と書かれた、白くて大きな案内板がある。ぽつぽつと数カ所の記載はあるが、ほとんどが空白だ。自由に書き加える予定だったものが、そのまま放置されたのだろうか。モニュメントなどの写真を撮り、移動する。
かつてその場所で撮った屋外の写真が、数枚残っている。だが、それらは夜の写真なので、周囲の景色がまったく写っていない。酔い覚ましに散歩でもしたのだろうか、滑り台の上で撮った写真が、唯一目印になりそうなものが写っている写真だ。
そんなわけで、ごくたまにGoogleマップを眺めては、その町の公園を検索し、ストリートビューで滑り台を探してマーキングしたりしていた。もちろん写真と同じ滑り台があるはずはなかった。しかし、古い滑り台を撤去したあとに、新しい滑り台を設置することがないわけではないだろう。
そのひとつに向かい、ストリートビューに写っていた滑り台をすぐ見つけはしたが、ここが探していたその場所とは思えなかった。わかっていたことだが、この公園は広すぎる。それでも、マークしてあったところに行って、ストリートビューの光景を確認できたという満足感はあった(この満足感はなんだろうか、と思わなくもないが)。
ほかにどこをマークしてあったのか、きちんと車を停めることができる駐車場でGoogleマップを確認しようと、はじめに訪れた郵便局近くの公民館のようなところに向かう。ここが今日来たところのなかで、一番真新しいかもしれない。駐車場も舗装されたばかりのようだ。
あとで立ち寄った場所がわかるように、こうした場所では、GPSの位置情報が残るiPhoneで写真を撮っておく。気分転換に、少し身体を伸ばしたりしながら、駐車場をぶらぶら歩き写真を撮る。裏手に気になるかたちの集合住宅があったので、そこの写真も撮った。
そろそろこの町を出発しなければならない時間だ。
もう少し集合住宅が多そうなエリアをゆっくり車で流してみることにした。雨がいまにも降りそうなどんよりとした曇り空だったが、建物の写真を撮るには、強い影が出ないのでちょうどいい。何ヶ所かで車を停めては写真を撮った。集合住宅のうちのどこかが、かつて訪れたその場所なのだろうが、どんどん記憶が上書きされ、まったくわからなくなってきた。
廃線になった駅の跡地に行ってみるのを忘れていたので、最後にそこに立ち寄ってから帰ることにした。途中で、小さめな郵便局を見つけ、手紙が来たのはこちらの郵便局からだったのかと思ったが、ここも新しい建物になっていて、ノスタルジーを感じる余地はなかった。駅の跡地には、汽車と駅舎が保存されているのだが、駅舎は改修工事中で外観を見ることもできなかったので、なんとも味気ない空間になっていた。
思い出は薄れるばかりだったが、そもそも思い出があったのかどうか。
思い出があると感じていただけかもしれなかった。
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