top コラム考へるピント8　1980年代の新宿のギャラリー

考へるピント

8　1980年代の新宿のギャラリー

2022/08/01

上野修

この連載の2回目の「1980年代の銀座のギャラリー」で、「記憶違いもあるだろうが、とりあえず、1980年代の銀座をいまどう覚えているかという記録として、書き進めてみよう」と綴ったが、1980年代の新宿を思い出そうとすると、さらに記憶がおぼろげだ。
　

いろいろ記憶違いを書いてしまいそうだ、とはじめに言い訳しつつ、1980年代後半から1990年代の新宿のギャラリーについて書いてみよう。

銀座といえばニコンサロン、というのと同様に、新宿といえば、やはりニコンサロンだった。新宿ニコンサロンは、西口の京王プラザホテル内にあり、ホテルの敷居が高かった時代においては、独特の緊張感があった。あのニコンサロンといえば松島眼鏡店のうえの銀座ニコンサロンだったのだが、京王プラザホテルの新宿ニコンサロンもやはり、あのニコンサロンだったのである。

西口の中央通りを挟んで反対側の三井ビルには、ペンタックスフォーラムがあった。リコーの公式サイトによると、1981年にオープン、2007年に移転とのこと。約25年間、一箇所での営業というのは、長い方ではないだろうか。
　

三井ビル側をもう少し進むと、通称三角ビルこと、住友ビルに、キヤノンのサービスステーションがあった。地方から出てきて、このあたりの超高層ビル街を見上げると、クリスタルキングの『大都会』が脳内で流れはじめたはずである。
　

新宿西口、小田急百貨店の11階には小田急美術館があって、ここではたまに写真展も開催されていた。小田急から見下ろす西口ロータリーも、超高層ビル街同様、いかにも新宿な光景だった。
　

新宿東口では、カワセビル3階にミノルタフォトスペース新宿があり、サービスステーションも併設されていた。カワセビルといえば、6階の献血ルームの方が有名だったかもしれない。隣が紀伊國屋書店で、日本の写真集が1階に置かれるようになったのは、いつごろだっただろうか。
　

ギャラリーめぐりとしては、新宿5丁目の交差点、野村證券ビル9階にあったオリンパスギャラリーが終点になることが多かった。こちらもサービスステーション併設で、広々とした空間がよかった。オリンパスギャラリーからスタートすることがなかったのはなぜなのだろう。この場所には、なんとなくゴール感があったのかもしれない。
　

このようなギャラリーめぐりのルートが変わったのは、1988年、新宿東口駅前にコニカプラザができたときである。新宿アルタにあった気がしていたのだが、考えてみればそんなはずはなく、その隣の新宿青木ビルに、カメラ博物館、写真関連図書館、イベントスペースなどを併設した派手なマルチスペースが誕生したのだった。位置的には、新宿の西口と東口に分散していたギャラリーの、ど真ん中といっていい。コニカプラザは、1993年に、新宿高野ビル4階への移転する。新宿のど真ん中に浮かんでは消えていったマルチスペースは、バブル景気の象徴のようでもあった。

バブル景気といえば、伊勢丹によるI.C.A.C.ウェストンギャラリーも新宿だった。はじめ西口にあって、東口に移転したような気がする。このあたりの時代から、思い出そうとすればするほど、記憶が混乱してしまう。
　

記憶のなかの新宿の光景に、なにか足りない。なんだろう。
　

そもそも、新宿といえば、京王プラザホテルよりも「新宿西口駅の前カメラはヨドバシカメラ」なのであり、カメラ量販店激戦地であり、「安さ爆発みんなのさくらや」や「ビックビックビックカメラ」、「カメラのドイ」などが、いつどこにあったのかを正確に覚えている人は、ほとんどいないのではないだろうか。
　

こんなふうに状況を俯瞰するより、みんな、カメラ量販店の片隅に置かれた段ボールのなかから、ガサガサゴソゴソと、程度のいい使用済みパトローネを漁るのに必死だったのかもしれない。カメラバッグ代わりに使っていた、格安で売られていたコダックのクーラーバッグに、それを詰めて帰る。こういう方が、バブル前の新宿の記憶だという人も、少なくないはずだ。