街路で即興的に撮影された写真と、街行く人たちのファッションをとらえた写真、どちらもストリートスナップと呼ぶならば、前者をストリート・スナップショットと呼んで区別すればいいのかもしれない。
しかし、それだとある問題が生じる。
それは文字数が多くなるということである。
ストリート・スナップショットで、すでに14文字である。ストリート・スナップショットで知られている写真家に、リー・フリードランダーやゲイリー・ウィノグランドがいるが、どちらもラストネームが長い。フリードランダーやウィノグランドによるストリート・スナップショット、と書くだけで33文字になってしまう。リーやゲイリーと書けば短くなるが、もちろんそんな親しげな呼び方をする関係ではない。
ストリート・スナップショットを考えるうえで重要な展覧会を紹介する場合にも、文字数がかさんでいく。
1966年、ジョージ・イーストマン・ハウスで、ブルース・デイヴィッドソン、リー・フリードランダー、ゲイリー・ウィノグランド、ダニー・ライアン、デュアン・マイケルズの5名が参加した『コンテンポラリー・フォトグラファーズ:トワード・ア・ソーシャル・ランドスケープ』展が開催された、と書くだけで140文字弱、X(旧Twitter)の文字数制限ギリギリである。
「トワード・ア・ソーシャル・ランドスケープ」は通常、「社会的風景に向かって」と訳されているのでやや短くなるが、「ジョージ・イーストマン・ハウス」の名称は、一般的に「ジョージ・イーストマン・ハウス国際写真博物館」と記載されるので、きちんと書くとさらに長くなる(ちなみに「インターナショナル・ミュージアム・オブ・フォトグラフィー・アンド・フィルム・アット・ジョージ・イーストマン・ハウス」というのがかつての呼称で、2015年に「ジョージ・イーストマン・ミュージアム」と改称されたようだ)。
そういえば、「社会的風景に向かって」は日本語で記載されたのに、「コンテンポラリー・フォトグラファーズ」の方はどうして「現代写真家展」とか「今日の写真家たち」といった日本語にならなかったのだろうか。『コンテンポラリー・フォトグラファーズ:社会的風景に向かって』ではなく、『今日の写真家たち:トワード・ア・ソーシャル・ランドスケープ』と紹介されていたら、解釈まで変わっていたかもしれない。
話がそれてしまったが、このように、カタカナでどんどん文字数が増えていくのは、文字数で原稿料を得ている場合には、なかなかおいしいような気もする。しかし、紙媒体の場合には文字数制限もタイトなので、概説を書くだけで終わってしまわないように工夫するのも大変であろう。
ストリート・スナップショットに戻ろう。
ストリート・スナップショットといっても、そもそも英語でいうところのストリートは日本にあるのだろうか。もちろん、道や路は日本にもあるに決まっているが、いわゆるストリートカルチャーが育まれたようなストリート、スナップショットやフォトグラフィーが育まれたようなストリートはあったのだろうか。
などという問いが出てくるのを避けるためにも、そして文字数がむやみにかさむのを避けるためにも、スナップショットくらいにしておいた方がいいのかもしれない。
いや、そもそも論を避けるためには、和洋折衷のスナップ写真くらいにしておいた方がいいのだろう。昔の指南書などを見ていると、スナップ写真と呼んでいることが多いのは、先人の先見の明というべきか。いや、先人が育んだ写真表現のうえに現在があるのだから、当然といえば当然か。
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