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考へるピント

4 削除された言葉

2022/03/14
上野修

昨年12月に発売された『三省堂国語辞典』第8版から、「MD」という言葉が削除されたという。MDディスクはまだ生産されているものの、最後までMDデッキを生産していたTEACも、2020年12月で販売終了している。


私も一時期、MDを使っていたことがある。録音もできるポータブル型を持っていて、取材などにも使った。手元に残っている10数枚のMDを見てみたら、2000年から2003年に行ったインタビューのものだった。いつか、データに変換する機会もあるかもしれないと思って、とっておいたのかもしれないが、その機会はおそらく来ないだろう。


MDで録音、再生していると、突然エラーが出ることがあった。手元のMDのラベルにも「一部音トビあり」というメモが書いてあるものがある。MDはエラーが出てしまうとどうにもならないので、不具合があると肝を冷やしたものだった。カセットテープならプレーヤーに絡まって切れたりしても、セロテープでつなぐという荒技が使えたが、MDはそうはいかなかった。


カセットテープといえば、インタビューのいいところでテープが終わってしまい、裏返したり交換したりしなければならないことがあった。そのように気づけばまだいいのだが、終わってしまったのにしばらく気づかなかった場合は、大切な部分が録れていないことになる。MDは74分のものがメジャーだった気がするが、取材で足りなくなった記憶がない。たぶん、録音時間が倍になるモノラルモードで使っていたのだろう。


ほかに、第8版から削除された言葉は、「コギャル」「テレカ」「パソコン通信」「ピッチ」など。フィルムの「APS」はどうだろうと思ったら、2014年の第7版で「レーザーディスク」「LD」などとともに、すでに削除されていた。


APSカメラはそれほど普及しなかったかもしれないが、レンズ付フィルムにも使用されていたので、現像済みのAPSフィルムを持っていた人は、それなりに多いかもしれない。APSフィルムはカートリッジに入っていて、簡単に見ることができない。その代わり、インデックスプリントというサムネイルのようなプリントが付いてきた。これをなくしてしまうと、何を撮った写真が入っているのかわからない。

 

 

APSとは、アドバンスト・フォト・システムの略だが、進化した(アドバスト)部分が仇となって、扱いにくくなっているのは皮肉である。MDは、ミニディスクの略だが、こちらもその小ささが仇となって、メモできる部分が少ない。カセットテープのケースには、趣向を凝らしたレーベルを作ったものだが、MDでそれをやった人は少なかったのではないだろうか。


青春時代の思い出が、APSやMDに詰まっている世代もいるだろう。おそらくそれらは、現行メディアに変換されることもなく、いつの間にか忘れられていくのだろう。35mmフィルムやカセットテープのようにデファクトスタンダードになったものの方が、少しは変換しやすいというのは、時の流れが逆になっているようで興味深い。


デジタルデータは簡単に消えてしまう、ファイル形式が変わったらいつ開けなくなるかわからない、といわれるが、ほんとうにそうだろうか。私個人の経験でいえば、TXTファイルと、JPGファイルは、20年以上問題なく扱うことができている。ICレコーダーのMP3ファイルも、問題なく扱えているし、それ以前の録音形式のファイルも、パソコンなどで変換する方法がある。


デジタルデータの問題とは、どちらかといえば、消えてしまうことよりも、たとえ残っていても、すべてを振り返るような時間がないし、振り返る気もしないということかもしれない。簡単に消えてしまう、というのは、もしかしたら、そうあってくれたら、という願望なのかもしれない。


ところで、『三省堂国語辞典』第8版のキャッチコピーは、「辞書は“かがみ”。ことばで写す時代(いま)。」である。辞書とは写真のようなものでもある、ということだろうか。

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