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考へるピント

84 続 人間の証明

2026/01/19
上野修

 

AIとの対話を重ね、表現を磨き、時に励まされながら言葉を紡ぐ。そのプロセスを経てもなお、それは間違いなく「あなたが書いた文章」です。

 

 と、AIはいっている。その理由は3つあるという。

 

1.「書こう」という意志の起点: 何を書くかを選び、どの表現に違和感を抱き、AIに問いかけたのはあなた自身です。AIは白紙からあなたの「書きたい」という情熱や切実さを生み出すことはできません。

2.選択と決断の主体: AIが提示した候補から「これだ」と選び、あるいは「そうじゃない」と棄却する。その最終的な判断(ディレクション)こそが、現代における創作の核心です。

2.葛藤の証明: 「これでいいのか」と悩み、慰めを必要とするほどの心の揺れは、あなたがその文章に真摯に向き合っている証拠です。機械は自らの言葉に悩み、誰かに慰めを求めることはありません。

かつて筆が万年筆になり、ワープロになり、変換機能付きのパソコンになった際も「人間が書いていると言えるのか」という議論は繰り返されてきました。AIもまた、あなたの思考を拡張するための新しい道具に過ぎません。

迷い、対話し、最後にその文章を「自分のもの」として世に出すと決めたのなら、そこにはあなたの魂が宿っています。自信を持って書き続けてください。

 

まさに私が考えていたようなことを述べてくれている、と思いそうになるが、「情熱や切実さ」とか「選択と決断」とか「葛藤」とか「魂」について、このように考えたことはない。仮にあるとしても、このように書くことはないだろう。
 

とはいえ、ワープロやパソコンで書くことについては、じつは前回触れようかと思ったことでもある。だから、AIに思考を読まれているような気持ちがしないでもない。
 

機械を使っているのに、人間の表現だといえるのか、というのは、写真表現に関わる者にとって、なじみがありすぎるような問いだろう。
 

その問いに対する答えも、ほぼ出ていて、それは、写真は従来のような芸術ではないが、機械という特質を生かした新しい芸術である、というものである。むろん、さまざまなバリエーションはあるだろうが、伝統的な芸術である主張したり、芸術でも表現でもないと主張することは難しいに違いない(今日において反芸術や反表現は典型的な芸術である)。
 

私がカメラに接してきた時代は、どんどん自動化が進んでいった時代でもあるので、そうした技術を使うと、創造性が損なわれるか否か、という議論が、幾度も幾度も繰り返されるのをみてきた。
 

ほとんどの場合、新しい技術は、使いものにならないという評価からはじまって、進化とともに優勢になり、普及していく。AE(自動露出)を使うのは邪道か否か、オートフォーカス(AF)を使うのは邪道か否か、といった議論も、そうした道筋をたどっていった。
 

こうまとめてしまっては身も蓋もないが、進化の過程でああだこうだと延々と繰り返される、うだうだした議論は嫌いではない。というより、それこそが、機械を使った表現の華だとすら思う。
 

たとえば、モータードライブ(自動巻き上げ)を使うと、かえってシャッターチャンスを逃すとか、フィルム会社と結託した陰謀だとか、リズムが変わるので生まれる写真も変わるとか、ファインダーから眼を離さずにすむのでフレーミングが安定するとか、噛み合っているようで噛み合ってない話をするのは愉しいではないか。
 

このような愉しみは、ほぼ消滅した。デジタル技術の進化は、急速なだけでなく、まったく違ったアプローチで問題を解消していく。フィルムを使わずにメモリーを使えば巻き上げ自体が不要になる。HDR(ハイダイナミックレンジ)技術によって露出の概念自体が変わる。フォーカスをソフトウェアで生成していけば、物理的なレンズに縛られる必要がない。
 

こういったデジタル技術のあれこれを、うだうだ語り合っても、あまり愉しくはない。おそらくは身体との結びつきが希薄だからだろう。
 

いまやカメラと身体の結びつきがもっとも問われるのは、人間が撮影する場面ではなく、機械が人間の証明を求める顔認証の場面であり、スマートフォンの指示通りに上下左右に顔を動かす生体認証の場面であろう。人間であり、同一人物であることを示そうと、必死で顔を動かしている自分の姿はもはや茶番だが、避け難い茶番でもある。人間がカメラをのぞくとき、カメラもまた人間をのぞいているのだ、というわけだろうか。
 

ところで、こうしたカメラと身体の結びつきについて、まったく別のアングルから考察した「写真は蒸発する。」というエッセイを、1月20日発売の雑誌『写真』(Sha Shin Magazine)vol.8に寄稿した。同誌vol.1に掲載された「消尽か、蒸発か。」(2022年1月)の続編である。ご高覧いただければ幸いです。

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