フィルムが恐ろしく高くなり、しかも品薄になると、トライXが2000円を超えるって世界はさすがに想像を超えています。これでは無駄打ちというか無駄使いできないですよねえ。最近ではうちにあるフィルムカメラくんたちは、ニコンFに限らず元気がないように見えますよ。いや、元気がないのは筆者か。
「量のない質はない」という森山大道さんの教えを、フィルムカメラでの撮影で従うのはかなり難しい世の中になりました。ましてや、モータードライブを装着してフィルムをぶん回すように、湯水のように消費するという世界は、もう戻るようなことはなく、過去の夢のまた夢となるのでしょうか。
すみません。このままでは話が進まないので、気を取り直して、今回はニコンFのモータードライブF-36の話をしようかと思います。
筆者はこのモードラ、個人的にかなり好きです。回数は少ないけど、若い頃はどうしても使いたくて、アサインメントの撮影にも持ち出したことがあります。
そのころの仕事先の出版社の写真のデスクが筆者が肩から下げていたモードラつきニコンFを見て「そんな骨董品、どうするんだ!」と、言い放ちました。ところがこのデスク、ちょっと見せろと筆者のF+F-36モータードライブを取り上げて、いじくり回しニタニタしてました。その顔、今ならスマホで撮影したときですが、私はその顔を記憶に焼き付けましたよ。
フォトミックファインダーが上部の違法建築だとしたら、モータードライブF-36は下方向の違法建築というか。こんな厳ついものを装着しないと連続撮影できなかったわけですね。手で強く握るとあちこち痛くなります。
シャッターボタン。直結式のバッテリーケース側のグリップにあります。頼りなげですが、これで仕方なかったのでしょうか。ま、押下する感じは悪くないんですけども。カメラボディとグリップを支えるシャフトも見えます。初期の直結型ケースにはこのシャフトがなく撮影者が強く握るとグリップが割れたりしたそうです。
骨董品と言われたのは40年前の話ですが、すでに世の中のニコンフラッグシップ一眼レフはニコンF3の時代になっておりました。
でも、この当時、奈良原一高さんが、ニコンFのモータードライブはタイムラグがとても短く、この組み合わせにしかできない仕事があるのだと、どこかに書いていたのを読んで、強力な援護射撃をいただいたような気になったことを覚えています。当時は面識もないのに(笑)。
このF-36モータードライブですが、全体からは無理やり作ったような雰囲気があります。
角張ったFのボディに、グリップや本体、バッテリーボックスも角ばっており、正直、握りしめると手のひらや指に強い抵抗感、いや痛みすら感じるほどなのです。いや、この痛みが写真家を目覚めさせ、創作に向かわせるのかもしれませんね。
はい、もちろん嘘です。
このF-36、当初はグリップはなかったみたいですね。バッテリーボックスも本体には付けられず、ケーブルで繋がれていたようです。これはこれでスマートな雰囲気でした。
通常のニコンFにはF-36は装着できません。装着するには、ボディ内での改造が必要で、内部の底板もF-36の連動軸と繋がるように穴が開けられているものと交換する必要がありました。
しかも驚いたことに、原則としてはボディ1台に対して、F-36を1台とし、ペアを組むのが決まりでした。つまり、個々の相性が良くなるように調整することが必要だったわけです。同じFであろうが、浮気はできないのです。ニコンではこれを「現品調整」と呼んでいました。面倒ですねえ。
連写(C)と単写(S)の切り替えスイッチ、昭和の家庭の電灯のスイッチみたいな感じですね。これも動きやすいんですよね。知らないうちに切り替わったり。
背面から全体を見てみます。一応ボディ左部分が切り取られた形になっているのは左手でのフォーカシングの操作を邪魔しないようにという配慮でしょうか。そうでもないのか。
連動方式はメカニカルで、コマ速度のセレクターダイヤルを装備、Lは2コマ/秒、M1は2.5コマ/秒、M2は3コマ/秒、Hは4コマ/秒。ただしH時はミラーアップする必要がありました。
コマ速度と使用可能なシャッタースピードはF-36の裏蓋にある換算表に書いてあります。しかも、ミラー駆動とミラーアップ時にはこれに従うのが原則です。
従わない場合はどうなるのか。状況にもよりますが、露光時間中にフィルムが巻き上がる事故が発生します。コマ速度のセレクターダイヤルは動きが軽く、ふとした拍子で駆動することもあるので、注意が必要です。
F-36の使い心地とか動作音はどうでしょうか。使い心地は、お約束ごとさえ守れば問題はないでしょう。動作音はシャッター音+モーターの巻き上げ音ですが、連続撮影時の巻き上げ音は少々ヒステリックな感じもしますね。
当時のニコンのカタログをみると、モータードライブで撮影した写真はスポーツの作例が多く、F-36で撮影されたコマはまるで分解写真のようでした。最高速4コマ/秒においても、そんな撮影は不可能です。さすがにインチキとは言いませんが、相当に盛っている感じがします。ま、カメラも夢を買うものですから仕方ありませんね。
コマ速度設定ダイヤルですね。これ軽すぎませんか?うちにある個体だけでしょうか。Hのポジションではミラーアップ使用が必然なので、露光時間中に巻き上がってしまうなど、トラブル要因になります。実際に使うときはパーマセルなどで動かないようにしておきましょう。
左からシャッターボタンと連写、単写の切り替えダイヤル。フィルムコマ数設定ダイヤル、フィルムカウンターになります。F-36はフィルム逆算式でカウンターが0になると自動停止します。
ニコンFボディからモータードライブF-36全体を分離しました。屋外でのフィルム交換時、F-36をどこに置くのでしょうか。やはり一時的にバックの中に入れるとか、脇に挟むとか。
それではなぜ高価なモータードライブを使用せねばならないのでしょうか。それは手持ち撮影において一度決めたフレーミングを変えたくない場合などには間違いなく重宝します。
手持ちの撮影の場合では巻き上げレバーを操作していると、カメラが動いてしまうので、フレーミングがわずかに変化してしまいます。これを防ぐことができるわけですね。
連写の場合はどうなんだろう。スポーツ写真などの場合は分解写真を制作するのではなくて、フィルム巻き上げをモーターに任せ自動化することで、より良いシャッターチャンスをものにしようと考えたのでしょう。これもフィルムの巻き上げのためにアイピースから目を離す必要がないからです。いちおうは理屈は通ります。でも“一眼レフ” ですから、シャッターが切られた最良の露光の瞬間はミラーは暗転して見られない理屈です。我々は“心眼” を鍛える必要があったのです。
今回は、モータードライブを必然にみせるようにいろいろと屁理屈を書いてみました。メカ的には興味深い形ですし、そそられます。でも本来は要らんものです。
これまで書いてきたこととは矛盾するみたいだけど、やむをえず立ちながらフィルム交換するときなど、重たいF-36を脇の間に挟んで行ったこともあります。なんか、この行為だけで、F-36を使うのがイヤになってしまった記憶があります。
直結型のバッテリーケースをF-36から分離してみました。以前はこの直結型ケースはなかったので、カメラ本体か背面のシャッターボタンを使用しました。
裏蓋部分にあるコマ速度と使用可能シャッター速度表示です。間違った組み合わせで撮影すると、露光時間中に巻き上がるなど、失敗の原因になります。最も遅いコマ速度L(2コマ/秒)の場合でも連続撮影時には1/8秒以上のシャッタースピードにセットする必要があります。
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