「旅と日々」のポスターを見たとき、あっ、カメラだ! と思いました。女の人が雪の中で、カメラを持って佇んでいる。隣には猟師のような男の人?
カメラはオリンパス35-Fのよう。オリンパス35に関しては、このPCTの記事でも赤城耕一先生が書いておられましたね。(https://photoandculture-tokyo.com/contents.php?i=3220)
わたしはとにかくカメラが出てくる映画が、気になって仕方がありません。ポスターにカメラが出ていれば、とりあえず全部見ています。カメラがどんな風に映画に出てくるのか楽しみじゃないですか。でもこの「旅と日々」は、フィルムカメラを持った脚本家の女性が、雪国で旅をする話です――とは、簡単に片付けられないつくりをしています。

ところで、この記事を読まれているみなさんは、つげ義春の漫画はお好きですか。わたしも好きで、過去にこのコラムでも記事にしたことがあります。(https://photoandculture-tokyo.com/contents.php?i=236)
この「旅と日々」の映画の原作が、つげ義春漫画の「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」なのです。つげ義春漫画、というと、言葉にするのが難しい、なんとも言えない独特な間がありますよね。
でもこの「旅と日々」は、漫画をそのまま、単純に実写化したものではありません。
主演はシム・ウンギョン。眼鏡をかけた寡黙な女性で、李という名の脚本家です。李が、ノートにえんぴつで脚本のアイデアを書いているところから、話は始まります。韓国人の脚本家ということで、モノローグは韓国語、会話は日本語です。外国人の話す日本語というと、少しお国の訛りがあったり、言い回しが古風だったりして、わたしはとても好きです。この映画でも、言葉を選んでとつとつと話す様子が、雰囲気に合っていてとてもいい。

場面変わって海辺の田舎町。そこへ謎めいた、気だるげな美少女が現れ、同じ歳くらいの青年と出会う。おっ。ボーイミーツガール。恋愛かな? と思っていたら話は不思議な雰囲気へ。島の映像が美しく、波の荒々しさにも目を奪われます。

見ているうちに、それがスクリーンに映し出された映像で、さっきの海辺の話が、つげ義春漫画の「海辺の叙景」を元にした劇中作だとわかるのでした。観客はたぶん、演劇学科の学生達でしょうか。わたしは映画の中での劇中作、(ハイここまで映画でした)となる展開がわりに好きです。映画館で見ていると、スクリーンの中が入れ子状態になっているみたいで、見ている自分も映画の一部になったようで面白いですよね。
劇中作の映画については、短編ですが、海の気配が心にずっと残るような映画だったのにも関わらず「正直、わからなかったです」と言い出す学生もいて、舞台挨拶に来ている脚本家の李はなんだか居心地が悪そう。どうやら彼女は創作に行き詰まっているようで……。
そうこうしているうちに恩師が亡くなり、お悔やみを言いに自宅を訪れると、恩師の家にはカメラがたくさんありました。「いっぱいあるから持っていきなさい」と言われ、脚本家の李は「いいですから」と固辞しますが、半ば強引に形見としてカメラをもらってしまうことに。

新しいカメラって、持つと、知らない場所を旅してみたくなりますよね。彼女もまた、旅に出るのです。
そのカメラを持った彼女が向かった先は、大雪の降る山形の温泉街でした。やっと辿り着いたものの、宿の予約をしていなかったために、素泊まりで泊まれるところはほとんどありません。断られ続けた先に、ある一軒の宿が空いていると言われました。

その宿がどんなところだったかは、ぜひ映画をご覧になって確かめていただきたい。すごいですよ!
この映画は言葉を探し続ける物語でもあるのですが、つげ義春の漫画のように、言葉で表すのが難しい、表現できない良さに溢れています。たぶん、フィルムカメラが好き、旅が好きなみなさんは、この映画の静謐さと光が、きっと好きになるのではないかと思います。
ちなみに後半、宿屋の主人が出てきたのですが、(こういった山形の地元の人をオーディションで選ぶのは大変だったろうな、台詞とかも色々覚えなくちゃいけないし)と思っていたら、最後のエンドロールで腰を抜かしました。何も調べずに観ていただきたい一作です。

- 『旅と日々』
- 監督・脚本:三宅唱
- 原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」
- 製作:映画『旅と日々』製作委員会
- 製作幹事:ビターズ・エンド、カルチュア・エンタテインメント
- 企画・プロデュース:セディックインターナショナル
- 制作プロダクション:ザフール
- 配給・宣伝:ビターズ・エンド
- © 2025『旅と日々』製作委員会
大ヒット上映中!- https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/


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