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第44話 「母の残像」ヨアヒム・トリアー監督

2025/06/24
柊サナカ

わたしは戦争写真家の映画が好きで、特に、女性の戦争写真家の話が好きです。この前見た「シビル・ウォー」も面白かったので、この映画「母の残像」もチェックしました。「母の残像」は、母親が戦争写真家だった一家のお話です。
 

戦争写真家の映画では、たいてい激しい戦闘シーンなどがあってハラハラするものですが、この映画では戦争写真家の母、イザベル・リードが57歳で亡くなってから3年目の話になるので、全体がとても静かなトーンにまとまっています。
 

なので、手に汗握るサスペンスを期待していたわたしは(あれ?)と思いましたが、見終わった後、しみじみと心に来るものがありました。文学作品などでも、少しずつエピソードが語られていき、読む人の頭の中で組み立てられ、熟成されるような物語がありますが、この「母の残像」はまさにそのタイプの映画です。

 

 

 

早すぎる死から3年、著名な写真家であったイザベル・リードの生涯を振り返り、大回顧展が開かれることになりました。その展覧会のため、母の記録を整理しよう、ということになり、久しぶりに父・長男・次男が実家に集まることになったのですが――
 

母親は戦争写真家とはいえ、戦場で亡くなったのではありません。自宅近くの道で、車の事故で亡くなりました。「不慮の事故で亡くなった」と表向きには発表されていますが、どうやらそうではないようで、母の事故には何かの因縁があるようなのです。
 

父と長男はその事実を知っていますが、当時まだ幼かった次男には、その事実が伏せられたままでいます。そろそろ話すべきか、父と長男の間でも意見は割れています。

 


 

次男のコンラッドは高校生、しかしながら、欧米の高校生活ってめちゃくちゃ大変そうですよね。陽気な性格で友人が多くないと、生存が許されないような雰囲気がありませんか? パーティーとかもあるし……。そのコンラッドは友人もあまりおらず、家でゲームばかり、いつも猫背でひとりぼっちで歩き、ヘッドホンをつけて音楽をずっと聴いている。家では小説(というか散文詩みたいなもの)を書いていて、兄にも「銃乱射とかしないだろうな」と、ちょっと心配されている陰気な感じの高校生で、同じく陰気なわたくしも共感を覚えました。複雑なお年頃というだけではなく、母親も亡くなってしまうし、父親も兄もそれぞれに問題を抱えているし、恋愛も上手くいきそうではないし、いろいろ大変そう。
 

長男のジョナは、母イザベラの回顧展の準備をするため、母の暗室を調べます。するとカメラが出てきました。中のカードを抜いて確認してみると、母が撮った写真が出てきました。でも、よくよく見てみると、何かが写っていて――どんな写真だったかは、映画で確認していただきたい。
 

この記事を読んでいる皆さんは、写真趣味をお持ちの方がほとんどだと思いますから、膨大な写真やデータをお持ちだと思います。暗室の中や、お手持ちの記録媒体は、大丈夫……ですか?
 

いろんな手がかりをもとに、ちょっとずつ、ちょっとずつ真実が組み立てられていきます。どれもあからさまなものではありません。余白の多い映画ですし、しかも視点の人物や、時系列が過去に突然飛んだりします。
 

それでもヨアヒム・トリアー監督の「母の残像」は、ストックホルム国際映画祭で、ブロンズ・ホース賞を獲っただけあって、見ている私たちの中に自然と真実が浮き上がってくるのです。それぞれの家族の思いも。

 


 

次男コンラッドの言葉が印象的でした。
 

――母さんは教えてくれた。トリミングの威力を――
 

写真は切り取る部分で大きく印象が変わります。家族だってきっとそう、切り取る部分でいろんな顔が現れます。戦争写真家としての母、子供たちをやさしく見守る母、夫にとってはよき妻、そしてもうひとつの顔、どれも嘘じゃなくて、きっと切り取る部分ごとに表情を変えるのでしょう。
 

この映画には、派手な演出もビックリ効果音もないのですが、たぶんわたしは数年経ってもふと、この映画「母の残像」の中の一部分を思い出すような気がしています。そんなタイプの映画です。

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    提供:ミッドシップ
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