DVD価格:4,620円(税込)
発売元:ビターズ・エンド
販売元:TCエンタテインメント
©︎2020 Boo Productions and Lava Films
カメラの出てくる漫画、映画はないかなと探し回っているうちに、映画によく登場するカメラに気がつきました。みなさんは、いったい何のカメラだと思いますか? ライカでしょうか? 大判カメラでしょうか?
映画に良く出てくるカメラは、意外にも、ポラロイドカメラです。ポラロイドは、その場で写真が出てくる様子が確かに映像向きですし、後で自由に加工できるデジタルカメラよりも、その瞬間の空気的な物がよく写るような気もしますよね。フィルムカメラだったら現像するまで見られないので、タイムラグができてしまうし……。
デジタルカメラ全盛で、すっかり息を潜めてしまった心霊写真界隈ですが、それでもホラー映画では、ポラロイドがまだまだ大活躍です。タイトルもそのものの「ポラロイド」という、写ったら必ず死ぬ、呪いのポラロイドカメラが出てくる話がありますし、「シャッター 写ると最期」「心霊写真 シャッター」なる、ホラー映画まで存在します。
あと、記憶喪失+ポラロイドも相性ぴったりらしく、「メメント」もポラロイドが印象的な映画でしたね。記録する媒体として、ポラロイド写真はぴったりなのでしょう。
さて、この「林檎とポラロイド」も、記憶+ポラロイド写真が強く結びついた映画です。
監督はギリシャが産んだ新鋭、クリストス・ニク監督で、制作総指揮は、あのケイト・ブランシェットです。まず冒頭、鬱々とした男が映ります。ひげ面が印象的な主演男優、アリス・セルヴェタリスは、きっと私生活では快活な人なのかも知れませんが、ものすごいはまり役で、本当に、楽しいことなど何ひとつない、陰の雰囲気漂う鬱々とした男役、それでもただ陰気なのではなくて、なんだかとてもフォトジェニックな、不思議な男の人を演じています。
冒頭から奇妙な事件が続き、どうやらこの世界では、ある奇病――突然、記憶喪失になってしまう病が蔓延、原因不明で治療も不可能、一度失われた記憶を取り戻した人はいない、完治もしないということがわかってきます。現実では記憶喪失なんて、そうそうあることではありませんが、この映画の世界だと、インフルエンザにかかるくらいの割合で、ある日突然、記憶喪失になってしまうようです。ある人は運転中、ある人はパーティーの途中、主人公の男はバスの中と、なんの前触れもなく、スッと記憶喪失に。怖いですよね。
でも映画の中では、記憶喪失は淡々と描写されていて、「救急車呼びますねー」と周りの人が普通に対応したり、(ああ、またか)というようなリアクションで、この記憶喪失病の蔓延ぶりがわかります。
男はバスの中で目を覚まし、自分の名前も、降りる場所も、目的地もすべて忘れており、覚えているのは、ただ、林檎が好物だということだけ。財布の中にも身分証がなかったことから、病院に運ばれます。家族がいれば、捜索願から身元がわかることもありますが、一人暮らし等で迎えに来る人がいなければ、病院で入院生活を送ることに。
そこで、主人公14842番は、「新しい自分プログラム」を受けることになるのです。
このプログラムは、人生学習プログラムで、
”古い記憶を取り戻すことをあきらめて、新たな経験と記憶を重ねて、1から人生を築き直す”
というのが目的なのだそうです。もう直らないんだから、新しい記憶を作ってしまいましょうという、いささか乱暴な治療法? なのですね。
主人公は病院から新しいアパートの部屋を提供され、治療として、週一回、病院からミッションが送られてくることになります。なぜかそれが、音声テープ。アナログです。記録もそう、スマホなんか使いません。そこで、タイトルにもあるポラロイドカメラが登場します。
このポラロイドカメラ、形はレトロなのですが型番がよくわからず、セルフタイマーがあることと、形から見当を付けたのが、ポラロイド ワンステップ2ですが、どうでしょう。
この映画の面白いところは、その「新しい自分プログラム」が、珍妙なこと。
・自転車に乗りなさい +記録として、ポラロイド写真を撮ること
このミッションのときには、陰鬱な主人公が、自転車を貸してもらおうとして断られ、仕方なく、子供用自転車に身をかがめて乗り込むという、シュールな画が妙に面白く、この男の人も、陰鬱な表情のまま、真面目に子供用自転車に乗っていて、少しも楽しそうでないのが、じわじわ面白い。
ポラロイド写真を撮ると、アルバムに貼っていきます。そのアルバムは、医者がチェックして、「順調ですね」とか「このミッションは、どうしてやらなかったんですか」とか指摘が入ります。
そのほかにも、ミッションには
・釣りをしなさい
・10mの飛び込み台からプールにダイブしなさい
・ホラー映画を観なさい
なんていう、割に簡単にできるものもありますが、
・仮装して仮装パーティーに行き、異性といちゃつきなさい
なんていうのもあって、どちらかというとそんなパーティーが死ぬほど苦手なわたくしも、主人公の陰な感じにすっかり感情移入。主人公の妙に気合いの入った仮装も、少しも楽しそうでない感じも、女の人と隣同士になって挙動不審になる感じも、身につまされて面白かったです。
変なミッションはまだまだあります。
・ストリップに行き、女の人にさわりなさい
・自動車事故をおこしなさい
・酒を飲んで踊り、異性と一夜限りの関係を持ちなさい
みたいな、どうかと思うものも。このミッションに果敢に挑戦する、陰鬱な主人公がどうなったか、ぜひ本編で確かめていただきたい。
いろいろなミッションをこなすうちに、同じような記憶喪失の女の人と仲良くなったりして、お互いに協力して、ポラロイド写真を撮り合ったりするようになります。
人を、その人たらしめる要素は、個人の記憶だとわたしは思います。その記憶の象徴のひとつが、写真なのでしょう。
普通、アルバムは個人の思い出の記録なのですが、そのアルバムを記憶喪失の治療の一環として、週1枚1ページ、大急ぎで埋めて、人としての記憶を大急ぎで、無理矢理作っていくというストーリーが、おかしくもあり切なくもあり。それが他でもなく、ポラロイド写真であるということに、なるほどな、その場の記憶を封じ込めるには、ぴったりだなと納得しました。
記憶喪失の主人公のアルバムは、自転車の写真、釣りの写真、いろんな新しい思い出の写真で埋められていきます。このポラロイド写真自体もなんだか素敵なので、ぜひ見ていただきたい。こんなセルフポートレートのアルバムもいいなと思います。
ちなみに、このミッション、治療を受けた全員、同じ事をやるようで、この映画の世界には、同じようなアルバムが同時にたくさん存在するのかな、と想像すると、面白いですが、どこかひんやりとした薄ら寒さも感じます。
この映画、わたしはいったい、どう決着がつくのかなと思っていました。記憶喪失の主人公はいったい、どうなってしまうのか? 観た人の中でも、意見は二分するようですね。みなさんが「どちら派」なのか聞いてみたくもあります。
ポラロイド。リンゴがなかったので、みかんとポラロイド(SX-70)です。
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