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カメラ的本棚

第32話 「ゴッドランド」フリーヌル・パルマソン監督

2024/05/28
柊サナカ

まず、ゴッドランドの予告編を観ていただきたい。あれっ? と思うはずです。 

 

このゴッドランドは、映画と聞いて想像する画面の比率よりずいぶん横幅が狭いのです。わたしはマキナ670で撮った写真(6×7)をすぐに思い出しました。そう、この映画ゴッドランドの画面比率は1:1.33で、写真の一コマの比率に近いということがわかります。最初だけでなく、全編がこのサイズで展開します。
 

なぜなら――この映画は、ある古い写真から作られたという設定だからです。今回はこのゴッドランドを、カメラ好きの視点から見て紹介いたします。

 

 

時は19世紀後半。主人公は牧師のルーカスです。当時、アイスランドはデンマークの統治下にありました。デンマークからはるばる教会建設のために、牧師ルーカスはアイスランドへ行くことに。カメラも携えていきます。
 

19世紀後半ですから、カメラも木箱のような大判カメラ+大型の木製三脚+携帯暗室一式+携帯暗室用の大型木製三脚+湿板のガラス板多数+銀(塩化銀?)などの瓶、薬品諸々+卵(薬剤の定着用)と、とにかく驚くほどの大荷物です。一式を背負って歩くだけで、もう膝をついてしまうほどに重い。
 

ガラス湿板なので、フィルムのように、後でゆっくり現像しよう、というわけにもいきません。レンズのキャップを外して数秒カウントし、キャップをし直して、その場ですぐに、簡易テントのような暗室の中で現像しなければならないのです。(この撮影手順や暗室での現像の様子などがとても興味深いので、ぜひ観ていただきたい)
 

ちなみにわたしも4×5の大判カメラを一台持っていますが、軽いものとは言っても両手と背中に背負う大荷物で、玄関を出たところでもう憂鬱になったりします。このゴッドランドは、特に大判カメラを使ったことのある人が見ると、ものすごく実感が湧くと思います。

 

ここで突然ですが、アンケートをとってみたいです。みなさんがこの物語の主人公だったら、どちらにしますか。みなさんがカメラを持ってアイスランドへ行くとします。なかなかこんな機会はありません。
 

A.楽に目的地に到着する航路
B.少し時間はかかるけれども、湿原、滝、火山、山岳、大氷原と、とにかく絶景が続く陸路
 

ゴッドランドのレビューを読んでいると、なんで主人公がわざわざBの陸路を選んだのかがわからない、と言う意見をよく目にしました。この記事を読んでいるカメラ好きの読者の皆様なら、もう大半がBじゃないかと思うのです。撮れ高すごそうじゃないですか。滝も撮りたいし。せっかくのカメラを携えての旅です、わたしだってBにするかもしれません。

 

陸路を選んだ牧師ルーカスの目的は、アイスランドの村に行って、冬が来るまでに教会を完成させることです。

 


 

ところが、馬での陸路の旅は、過酷すぎるほど過酷で、雨・霧・暴風雨・雪・みぞれ・吹雪と、おおよそ悪天候と聞いて連想するものが全部出ます。ゴアテックスもヒートテックもない時代ですから、靴も何もかもぐずぐずに濡れ、そこへ冷たい風が吹きつけ、夜も白夜で暗くならず、荷物も多いし、カメラも心配、見ているだけで具合が悪くなりそう。
 

デンマークとアイスランド、地図で見るとかなり距離がありますね。そのため、方言の差レベルではなく、言語も文化も、人の気質もまったく違うようです。
 

このアイスランドの旅には通訳と、地元住人のガイドがつきます。が、地元のガイドは、デンマーク人牧師のルーカスに対して反感をあらわにしており、あいさつもせずにアイスランド語で悪態をつきます。牧師のルーカスの方でも、アイスランドの地元民に対して嫌悪感があるようで……。

 

なんとなく、過酷な旅の間で、いがみあう二つの文化の人たちが助け合い、いつしか友情が生まれる。できた教会の前でがっちり握手、胴上げ! カメラが上に引いていって感動的な曲が流れてエンドロール、みたいな筋なのかなと思っていたら、そんなことはまったくありません。そんな筋だったら、たぶん数々の賞にもノミネートされることはなかったはず。英国紙「ガーディアン」の“今年の映画”、2023年度版の第6位に選出されたというのも納得の、怒濤の展開が繰り広げられます。

 

気候も過酷な上に人間関係も最悪で、身体の調子も悪く、信仰心の強いはずの牧師も途中で泣きが入るほどに辛い旅になります。途中、カメラ好きなら、ああ……本当にわかる……となる場面があります。牧師と言えば、いつもにこやかで快活、穏やかな人を連想しますが、そのときばかりはぶち切れていました。この牧師ルーカス、悪い意味でなんとも人間くさいのです。まあ極限状態におかれると人間、地が出てしまうのでしょう。これは、デンマーク×アイスランドの文化の対立でもありますが、人間×自然の対立でもあるなと……。

 

湿板はガラス板なので貴重です。限りがあります。すぐに材料を買いに行けるわけでもないので、フィルムよりも、もっと一枚一枚が切実でしょう。牧師ルーカスはアイスランドの大地にも試されますが、何を撮り、何を撮らないのかでも試されるのです。カメラ好きのみなさんなら、終盤のルーカスの選択に何を思うでしょうか。
 

カメラを携えた牧師の旅はいったいどこに向かうのか。
 

見終わった後、予想もしなかった結末に、誰もが座席から立ち上がれなくなっていました。
 

それにしてもアイスランドの美しいこと! フリーヌル・パルマソン監督の故郷でもあるようですね。
気候が穏やかなときを狙って、カメラを持ってぜひ行ってみたく思いました。
 

  • 「ゴッドランド」
  •  3月30日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
    © 2023 ASSEMBLE DIGITAL LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
     
    27映画祭18部門受賞32部門ノミネート(2023.12.19時点)
     
    第96回 米アカデミー賞国際長編映画賞 アイスランド代表選出作品
    第75回 カンヌ国際映画祭 「ある視点部門」 出品作品
    2023年 デンマーク アカデミー賞(ロバート賞) 最優秀衣装デザイン賞受賞/最優秀作品賞含む 9部門ノミネート
    2023年 アイスランド アカデミー賞(エッダ賞)最優秀監督賞、最優秀撮影賞受賞/最優秀作品賞 含む 9部門ノミネート
     
    監督・脚本:フリーヌル・パルマソン 撮影監督:マリア・フォン・ハウスヴォルフ
    出演:エリオット・クロセット・ホーヴ、イングヴァール・E・シーグルズソン、ヴィクトリア・カルメン・ゾンネ、ヤコブ・ローマンほか
    原題:Vanskabte Land / Volaða Land / 英題:GODLAND / 2022年 / デンマーク、アイスランド、フランス、スウェーデン / デンマーク語、アイスランド語 / 1.33:1 / 5.1ch / 143分 /日本語字幕:古田由紀子 / 配給:セテラ・インターナショナル / 宣伝協力:竹田美智留 / 後援:駐日アイスランド大使館

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