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カメラ的本棚

第41話 「レイブンズ」マーク・ギル監督

2025/03/04
柊サナカ

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films

 

みなさんは、深瀬昌久という写真家を知っていますか――
 

深瀬昌久の映画ができるらしいとネットで見て、素早くチェックし、初日の初回に行こう! と意気込んでいたわたくし、運良く、公開前に観ることができました。
 

PCTの読者の皆さん……! そして、『地雷を踏んだらサヨウナラ』以来、浅野忠信の演じるカメラマンは世界一だと思っている皆さん! 『レイブンズ』をぜひ観て欲しい。
 

とはいえ、わたしは2023年、恵比寿のTOP MUSEUMで行われた、「深瀬昌久1961–1991 レトロスペクティブ」展も見逃してしまったし、深瀬昌久がどんな写真を撮ってきたか、あまり知らないような状態で観に行きました。でも、この『レイブンズ』は、写真に詳しい人はもちろんですが、深瀬昌久を知らない人にも116分の世界にどっぷり入り込めます。むしろ、深瀬昌久の写真を知らない人こそ、エンドロールでより驚けるのじゃないかなと思います。(わたくし、驚きすぎて、”えっ”と小さく声を上げてしまいそうになりました)

 

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
 

映画の冒頭あたり、猥雑なネオンに怪しげな看板の飲み屋街、その中を深瀬が歩いてきます。昼はアパートに閉じこもり、酒に溺れる毎日を送っている58歳の写真家ですから、髭は伸び髪はボサボサ、服も汚れていてまあ、全体小汚い。でもその深瀬を演じるのが浅野忠信で、ぐるりとカメラが前に回り込み、どこか虚無的な表情を浮かべた顔が映し出されて、タイトルの ”レイブンズ 鴉”の文字が重なる。
 

か、かっこいい……! 
 

芸術の香りを漂わせた、やさぐれた一見ダメなひと。わたしが目を離したらこの人死んじゃうんじゃないか、と心配になるような男、こういった危うい男の人を演じるときの浅野忠信の魅力といったら……。監督が、「彼がキャスティングできなければこの映画はやめる」と言っていたのもわかる気がします。『バトルシップ』の精悍な自衛隊幹部役の浅野忠信もいいですが、もう冒頭で監督に「ナイスキャスティング!」とハイタッチしたい気分でありました。
 

こういう、どこか芸術の香りがする刹那的な感じの男の人にふらふら近づいていって、若い頃に痛い目を見たことのあるわたくし、リアルでは絶対に近寄らないように用心しつつ生きています。近づけば絶対にろくなことがない。でも、焔に寄っていく蛾みたいに(これ以上近づいたら焦げる)と自分でもわかっていながらも、近寄ってしまう魅力というのは、たしかにこの世に存在するのです。「レイブンズ」をご覧になればそれがわかると思います。
 

このPCTのコラムも早41回目を迎え、わたしは今まで様々な写真家のドキュメンタリーや、写真家の半生を元にした映画を紹介してきました。当コラムの「カメラ的本棚」のバックナンバーをご覧ください。写真家で、毎朝ジョギングやヨガをして健康的で規則正しい生活、家庭ではよき父、よき母、しっかり貯金も貯めて資産を運用、みたいな人も世の中にはいるにはいると思いますが、どこか常人とはかけ離れた、何かのたがが外れたような人が多いのも事実です。写真雑誌のつけた、深瀬昌久の当時のコピーも「天才か狂人か」でした。
 

この「レイブンズ」、ドキュメンタリー映画というわけではありません。(あまりにデカいカラス、ヨミちゃんも出てきますし)実話とフィクションを織り交ぜて描いたオリジナル作品ではありますが……深瀬昌久という写真家の人生を追って、その時代ごと、ひとつの作品として見られたのはとても良かったなと思っています。

 

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
 

洋子役は瀧内公美。この映画、最後に深瀬の実際の作品も登場しますが、驚きました。深瀬昌久は浅野忠信でなければなりませんでしたが、洋子も(よくこの瀧内公美を探し出してきたな……)と思うほどにはまっていて、これはもうキャスティングの勝利だなと。芸術家の妻というと、内助の功! 糟糠の妻! 尽くす妻! みたいな描かれ方をされがちですが、洋子はけっしてそんなことはなく、自分の足で立っているところも、同じ女性としてすごく好きでした。どれだけ芸術家である夫を応援していても、(もうだめだな)と、ふと素に立ち返る瞬間はあるのだと思います。深瀬の個展で、久しぶりに洋子と再会する場面があって、そこの切なさも心に残りました。洋子の選択も(うん。わかる……)としみじみ思ったものです。
 

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films

 

この『レイブンズ』は家族をめぐる物語でもあります。最初観ていて、高圧的で暴力的な父親に(子供の夢を応援できないなんて、なんてひどい親だろう……)と憤慨するのですが、父親の言うとおり、おとなしく深瀬が写真館を継いで、北海道の写真館の店長として、つましく暮らしていく道を選んでいたら、どうだったのでしょう。
 

わたしも一人の親として、子供に何かの才能があったらいいなと願いますが、深瀬の父親は、あまりに息子の才能が突出しすぎて、普通の人の幸せを何一つ受け取れずに、芸術の道だけで輝き続けることの危うさと恐ろしさも知っていたのではないか、と思います。

 

© Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
 

わたし、すっかり深瀬昌久という写真家が好きになり、写真集も欲しくなりました。赤々舎で「洋子」の復刻版が出るようなので、それも合わせて楽しみたいと思います。コニカ・パールⅡ、ミノルタSR-1、アサヒペンタックスSPF等々、当時の名機もたくさん登場する『レイブンズ』。PCTといえばのジョン・サイパルさんも、どこかに出演なさっているとか!
 

公開は3月28日からです。みなさまぜひ映画館で!
 

 

  • 『レイブンズ』
  • 監督/脚本:マーク・ギル
  • 製作:VESTAPOL/ARK ENTERTAINMENT/ MINDED FACTORY/ KATSIZE FILMS/THE Y HOUSE FILMS
  • 製作協力:TOWNHOUSE MEDIA FILMWORKS/TEAMO PRODUCTIONS HQ
  • 撮影:フェルナンド・ルイス
  • 音楽:テオフィル・ムッソーニ ポール・レイ
  • 出演:浅野忠信、瀧内公美、古館寛治、池松壮亮、高岡早紀
  • 2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/カラー/2.35:1/5.1ch
  • 原題:RAVENS/日本語字幕:先崎進/配給:アークエンタテインメント
  • ⒸVestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
  • ■Instagram ravens__movie_jp
  • ■X @RAVENS_movie_JP
  • ■公式サイト www.ravens-movie.com
  • 3月28日よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国ロードショー

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