top コラムカメラ的本棚第29話 「aftersun/アフターサン」 シャーロット・ウェルズ監督

カメラ的本棚

第29話 「aftersun/アフターサン」 シャーロット・ウェルズ監督

2024/02/27
柊サナカ

このコラムではカメラが出てくる物語を主に取り上げていますが、今回の「aftersun/アフターサン」は、特別にカメラがたくさん出てくる物語ではありません。カメラ自体が出てくるのは作中、たったの二回です。それでも、そのカメラのことは、頭から離れなくなるのではないかと思います。

 

映画の中には、9割の人が(あー面白かった!)と楽しめる映画があります。その一方で、わかる人にだけ、心の深いところに刺さるという映画があります。この、「aftersun/アフターサン」という映画は後者ではないかと思います。
 

つまり、ある人が見れば、(何これ、ただのホームビデオでは? 意味不明)となるでしょうし、ある人が見れば、ぐっときて即座に今年見た映画のベスト3に入れてしまう映画です。
 

もちろん、わかるから偉い、わからないからダメ、ということではありません。感受性が強い弱いの話でもなく、父親との仲が良好か、そうでないかという話でもありません。もうこれは個人の歩いてきた道のりによって、面白いかそうでないかが、はっきり二分される映画ではないかと。

 

映画は再生されたビデオの映像から始まります。しかもどうやらそれは、動作音から言ってデジタルのビデオではない様子。その粗い粒子に褪せた色調から、これは今ではない、昔の話なのだな、ということが自然にわかります。

 


 

ビデオには、娘のソフィと父親のカラムの楽しそうなトルコ旅行の様子が写っています。見ていて驚いたのですが、もう本当に実の父娘としか思えないようなリラックスした雰囲気です。映画ということを忘れて、誰かの実際のホームビデオを勝手に見ているような気分になってきます。

 

ソフィは11歳です。わたしも似たような年齢の子がいるものですから、なんとなくわかります。この年頃の女の子は日、一日と成長していきます。来年は背も伸び、きっと違う雰囲気の女の子になっていることでしょう。でもこのビデオには、この夏だけのソフィの姿が収められているのです。子供というにはちょっとお姉さんで、でも大人というには幼すぎる、狭間の年齢ならではの美しさに目を奪われます。お父さんは31歳、(お父さん若いな……)と思いました。兄妹と間違われたりするくらい若い。

 

 

トルコのリゾートホテルは景色も良く、のんびりとしたいいところですが、あちこち工事中だったりと絶妙な寂れ具合があり、そこも趣深いのです。だんだん、ソフィの父と母は離婚していること、父親があまり裕福ではないこと、父親とは久しぶりに会ったことなどがわかってきます。この旅が、どういう意味を持っている旅なのかも。
 

日本とは違う蝉の声に、けだるいプールサイドの風景、日焼けした肌、やることのない昼下がり、時間だけは無限にあるようで、でもこの旅は刻一刻と終わりを迎えていく。

 

 


 

たぶん、父親との旅は、これが最初で最後になるのだろう、ということもわかってくるのです。娘のソフィが「でも残すから。私の小さな心のカメラに」と何気なく言う、そのときの心臓がぎゅっとなる感じ! 家族の写真を撮っている人にはぜひ観ていただきたいです。あたりまえのことですが、この夏は一度きりの夏で、もう二度とは戻ってきません。だからこそ人は写真を、ビデオを撮るのだろうか、と思いました。

 

わたしがなぜこの「aftersun/アフターサン」を観ようと思ったかは、そのポスターにあります。折り曲げられて大切にしまってあった写真のようなポスターに目を引かれて、予告を観たらもう(これは観なければ)となっていました。

 

 

 

シャーロット・ウェルズ監督は、なんと「aftersun/アフターサン」が長編デビュー作だそう。監督が脚本も手がけたそうです。
 

アカデミー賞ノミネート、英国アカデミー賞受賞など、賞を70以上も獲ったというこの作品、わたしもクリエイターの端くれとして、刺さる人だけに刺さったらいいんだ、尖っていこうと思うこともありますが、できるだけわかりやすく、万人にうけたい、面白いと言われたい欲がどうしても出てきます。
 

それを、あえて多くを説明せず、観る人の判断に任せるやりかたで描ききった、「aftersun/アフターサン」で、こんなにも結果を出したのはすごいなと感服いたしました。
 

自分は刺さる方の人間なのか、そうでないかは観てのお楽しみ。「aftersun/アフターサン」をぜひ。写真を撮る人にはぜひ観て欲しい映画です。

 

『aftersun/アフターサン』
Blu-ray&DVD好評発売中
Blu-ray:5,500円(税込) DVD:4,400円(税込)
発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング   
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

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