top コラムカメラ的本棚第9話 「左利きのエレン」かっぴー

カメラ的本棚

第9話 「左利きのエレン」かっぴー

2022/07/19
柊サナカ

自分語りになりますが、わたしは公募に出した最初の原稿で、宝島社「このミステリーがすごい! 大賞」隠し玉という枠での作家デビューが決まりました。
そのため、デビュー直前には(出版業界チョロいわー! これで天下取ったようなものやな。すでに半分くらい天下取ったな)と思っていましたし、脳内にある”作家すごろく”では、最初に振ったさいころの目で、5とか6ではなく、140くらい出た気になって、上がりの手前、ドラマ化映画化、ハリウッドリメイクまでどんどん夢は膨らんでいました。
今思えば殴りたいですね。

 

それは、初心者あるあるに他なりません。まだ右も左もわからないから、自分の立ち位置を見誤ってしまう――。たまにSNSで、「こんなこともわからないなんて」と、お医者さんや、その道の研究家に堂々と謎の持論を展開している素人がいて(この人、大丈夫なのかな?)と思うこと、ありますよね。たいして知らないから、自分の能力さえわからなくて、自分のことを世紀の大天才だと思い込んでしまうのです。
調べると、能力の低い人ほど自分の能力を高く評価するという「ダニング・クルーガー効果」という用語もちゃんと存在するのだとか……。

 

学力ならテストがあって、それなりに基準もあり、客観的に能力を計れるのでしょうが、創作の分野――たとえば、芸術の分野だったらどうでしょう。自分と他人がどう違うか、どういった能力差があるかというのは、客観的な基準があるわけではないので、ある程度、自分自身がその道に習熟しないと、気付かない――自分が「天才かどうか」については。
とくに写真は、カメラが高性能になり、幼い子供でもシャッターを押せば写せるようになった今、自らの立ち位置やレベルがわかりにくい、最たるものじゃないかと思います。

 

それを踏まえて、今回の漫画「左利きのエレン」です。最初に申し上げておくのは、これはいわゆるカメラ系のコミックではありません。大手広告代理店、広告業界のお話です。わたしは知らなかったのですが、テレビドラマにもなっていたのですね。195万部の大ベストセラー漫画なので、「左利きのエレン」、もうご存じの方も多かろうと思います。
広告業界といえば、企画もそうですが、営業、コピーライター、そして忘れてはならないのは「写真」に「フォトグラファー」。

 

広告業界の群像劇なので、いろんなサイドストーリーが展開し、さまざまな人の人生が語られます。正真正銘、化け物みたいな天才がごろごろ出てきます。
じゃあ、主人公も最初から天才で、広告業界をその才能で牛耳るんだろうな……そういう痛快な話なんだろうな……と思うじゃないですか。違うんです。
作中、何回も出てくるのは、
――天才になれなかったすべての人へ――
というフレーズです。
主人公は(自分は天才じゃないんだ)と、広告業界で、自分の才能の限界に苦しむ朝倉光一。その周りにいる化け物みたいな天才たちと自分を比べて傷ついたり、落ち込んだりしながらも、自らの良しとした道をつき進んでいくのです。

 

作家デビュー後、”作家すごろく”で出たさいころの目は、140とか150とかではなく、たったの1だということをまざまざと知ったわたくしも、主人公・朝倉光一のあがく姿に、深く共感しました。余談ですが、作家の世界にも化け物みたいな天才はいます。ある作家の先輩は、小説長編を三日間ほとんど寝ず・食べず・トイレもほとんど行かずでぶっ続けで書き通し、頭の中に降りてきた最初の一文字から最後の一文字まで、ダウンロードするみたいにタイプしていく。しかも推敲は一度もなしというスタイルで、それがことごとく大ヒットする、と知り、(本当に人間なの? 漫画の中の人じゃないの?)と目を回しました。

 

「左利きのエレン」にもキャラの濃い天才たちが出てきます。絵の天才、企画の天才に世界一のファッションモデル、デザインの天才に格闘の天才、その中でも「怪物」と呼ばれている、世界的にも有名な天才フォトグラファー・佐久間威風は、すごく面白いキャラなのでぜひ読んでもらいたい。
 
フォトグラファーで天才で、っていうと、みなさんはどんな人を思い浮かべるでしょう。実際の広告業界をわたしは知らないのですが、ああー写真家ならこんな人いるかもしれない、きっといるだろうなと思うようなアクの強さ。最高の一枚のために、クライアントの意向をまったく無視して暴走するその姿はまさにモンスター。さて、現場を仕切る主人公・朝倉は、今まさにめちゃくちゃに崩壊しつつある現場にどう立ち向かうのか。どう天才ふたりを制御してこの場を収めるのか。大混乱の末、とうとう流血騒ぎまで起きて……。

 

その佐久間威風の、中学生の頃のエピソードが心に染みました。佐久間威風の父親は街の小さな写真屋をやっています。生活は苦しく、父親は毎日必死に働いています。絵を一心に描いている佐久間威風に、父親が「絵なんて頑張るな。美大に行けるわけでもないのに……土門拳になりたかった男が、今では街の写真屋だ……」
「完璧な天才か柔軟な商売人しか生き残れない……ささやかな夢なんて……あるだけ荷物だ」と息子を諭します。
この歳になってみれば、その父親の気持ちも、心にヒリヒリするくらいわかります。大きな夢を追ってそれが破れたときに、何が残るのか。無駄に夢を見て、息子に挫折して欲しくないという親心。
その父親に佐久間威風はどう応えたか、彼がフォトグラファーとしてどう生きて、父親の言葉に答えを返したかは、ぜひ「左利きのエレン」を読んで頂きたいと思います。
すべての創作する人間の心に深く染みる秀作です。

 

この「左利きのエレン」は全29巻の原作版と、絵をnifuni氏が手掛けたリメイク版がありますが、わたしは固有名詞がそのまま載った、インディーズ版である原作版を推したいです。「左利きのエレン」の原作版は、kindleアンリミテッド(定額読み放題プラン)で、ほとんどの巻、無料で読むことができます。
ただ、原作版、最初の方の絵は(大変失礼ながら)荒削りで、えっ? と思われるかも知れません。それでも、そんなことを凌駕する、面白さとすさまじい熱量があります。わたし、気に入った箇所を何度も何度も読むほど、どハマりしているのです。出てきた名言は、わたしが小説を書いている限り、ずっと忘れないだろうと思います。
写真家や作家に限らず、クリエイターを目指している人はもちろん、天才でも天才でなくても、エンタメとしても熱く面白いです。ぜひ!
 
・かっぴー氏note→ 

https://note.com/nora_ito/n/n243b810918fd
 
・原作版「左利きのエレン」一巻 キンドルにて(試し読みあり)→
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07GWQT4JP?ref_=dbs_m_mng_rwt_calw_pa_tkin_0&storeType=ebooks&qid=1653982923&sr=1-3
 
・リメイク版「左利きのエレン」少年ジャンプ+(試し読みあり)nufuni/かっぴー→

https://shonenjumpplus.com/episode/13932016480029111789

 

「左利きのエレン」一巻 原作版に関しては、電子書籍しかないのでご注意を。

 

「左利きのエレン」全巻。

 

「左利きのエレン」リメイク版。こちらも面白い。紙でも欲しくて、こちらも購入しました。

 

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