皆さんは、自分の写真に値段をつけたことがありますか。
そもそも、写真を含む、アートの値段ってどう決まっているのでしょう。
気になる方はぜひ、この「アートのお値段」を観ていただきたいと思います。
去年の年末になりますが、ライカギャラリー東京で、オークションに出されるライカのお披露目と同時に「ユル・ブリンナー写真展」をやっていたので観てきました。さすが名優ユル・ブリンナー、普段自分が撮られ慣れているせいなのか、写真が上手い。そのエディションナンバー入りの写真の価格が、たしか106万円程度だったでしょうか。ユル・ブリンナーが愛機で手ずから撮った、彼でしか撮れないような距離感の写真です。ユル・ブリンナーがいろんなカメラを使っていた様子も興味深く観ました。少し気になったのは、(でも、この写真の値段というのはどこから来たのかな)ということです。ちなみにユル・ブリンナー愛用のカメラ二台は4億8000万円で落札されたそうです。
アート周りのお金の話って、ハキハキと「すみません。何でこの作品はこの値段なんですか? 誰が決めたんですか? 作者ですか?」などと聞けない雰囲気があります。あまり空気の読めないわたしでも、ぜったいに聞けません。そのモヤモヤした疑問に鋭く切り込んでいくのが、このドキュメンタリー「アートのお値段」なのです。
冒頭は、何千万円と景気よく値がつり上がっていくオークションの様子から。
- ――アートとお金は切り離せない。良い作品は高価であるべきです。値段があるから保護される。金銭的価値がなければ……作品は守ってもらえません――
――美術品が生き残る唯一の道が、商業的価値を持つことです――
冒頭からいきなりすごい言葉が出てきて、ハッとなりました。誰もがフンワリ情緒的に言わずにいることを、よくぞまあ、ここまで言い切ったなと思って震えます。そうですよね。価値があるから何年経っても作品は大事に保護されるのです。それ以外のものは、誰がどこに、どうやって後世に残すのでしょう。
このドキュメンタリーには、タイプの違うアーティストがたくさん登場します。
作中、ある種の象徴として出てくるのが、作品が5000万ドル(75億円)で落札されたことでも有名な、世界で最も成功しているアーティストのジェフ・クーンズ。いや、知らないし? と思った人はぜひ名前を検索して欲しい。観たら、「ああ」と誰もが言うと思います。ステンレスのウサギやら風船の犬で、ルイ・ヴィトンとのコラボでチャームにもなったりしていましたよね。
ジェフ・クーンズはその作品の制作課程もすごくて、何十人もの助手を雇い、自分の指示通りに色指定で描かせていました。一人だと一年に一枚のところ、これで一年に何枚も作品が作れるのだとか。観ながら(いや、それはクーンズが描いたとは言わないのでは?)と思っていたら、インタビュアーがそこをつっこんで質問してくれたのが良かった。このドキュメンタリー、題名に違わず、かなりアーティスト自身に、金まわりの聞きにくいことをガンガン聞いてくれるのがいい。そんなことを聞いて、いきなり画家にキレられないかと心配になりました。さて、クーンズがなんと答えたかはお楽しみに。
ジェフ・クーンズと対照的な撮られ方をするのが、見た目も頑固そうなラリー・プーンズです。服はぼろぼろ、絵の具だらけで頭がボサボサのおじいちゃん、といった様相です。黙々と小屋のようなアトリエにこもって、一人きりで絵を描き続けます。その様子はまるで仙人のよう。
彼は若い頃、水玉模様の絵で評価されたがために、アート市場も彼に水玉模様の絵を望んだのだそうです。小説家にも、一度売れたら似たようなテーマの依頼しか来ない、みたいなのがあるように、画家も同じくそうなのだな、と思いました。
じゃあ、彼も売れている間に助手を雇って、水玉模様の絵をガンガン量産したのかというと、そんなことはなくて、自分の新しい表現に挑戦したいと言って、過去のテーマの焼き直しをきっぱり拒否、そのため、アートの世界からは忘れ去られ、長い間ギリギリの生活をしていたそう。
みなさんだったらどうします? 考えちゃいますよね。
このドキュメンタリーに出てくるアーティストは誰もが、アートに対して真剣です。どちらが良くて、どちらが悪いというような安易な撮られ方はしていません。それでもアートとお金を巡るシビアな状況に深く考えさせられます。
かと思えば「金はあるが、つぎ込む場所には限りがある」と言い出す世界的なコレクター、富裕層のステファン・エドリスが出てきます。彼はジェフ・クーンズのステンレスのウサギを94万5000ドルで購入、今そのウサギの価格は6500万ドルにまで上がったと言います。「だから飛びついた」ということを本人もさらっと言っていました。需要と供給のイタズラでしょうか。アート作品の価値って、そんなにも変動するのか……と震えました。
作品の値段が上がるアーティストがいる一方で、まったく売れなくなるアーティストもいるそう。こうなると株価と似ていますね。不動産などと同じく、富裕層の投資目的としてアートが売買される側面もあるとか。人気のアーティストの作品となると、まだ制作もしていない作品の権利を買って、その三年後に売る計画なんかも普通にあるらしく、そうなると作品を観てもいないわけですから、そこにはない何かを莫大な金で売ったり買ったりしているわけです。
――多くの人が、値段を知っていても価値は知らないんだ――
という、関係者の言葉が印象的でした。
このドキュメンタリーは、アーティスト側、コレクター側、オークション側、美術評論家側、いろいろな立ち位置から「アートの価値って結局の所、何なのか」ということを語ります。
最後には巨大な倉庫に粛々としまわれていくアート作品たちを観ていると、複雑な気持ちになりました。
これは写真作品にも通じる話じゃないかと思っています。
自分の写真作品に値段をつけたいと思っている人も、そうでない人も必見のドキュメンタリー、「アートのお値段」をぜひ。
- 『アートのお値段』
(原題: THE PRICE OF EVERYTHING)
監督:ナサニエル・カーン
出演:ラリー・プーンズ、ジェフ・クーンズ、エイミー・カペラッツォ、ステファン・エドリス、ジェリー・サルツ、シモン・デ・プリ、ジョージ・コンド、ジデカ・アクーニーリ・クロスビー、マリリン・ミンター、ゲルハルト・リヒター他
2018年/アメリカ/98分/英語/DCP/カラー/英語題:THE PRICE OF EVERYTHING/配給:ユーロスペース
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