top コラムカメラ的本棚第12話 「泣いたって画になるね」畳ゆか(小学館)

カメラ的本棚

第12話 「泣いたって画になるね」畳ゆか(小学館)

2022/10/11
柊サナカ

ポップな表紙がとても可愛く、二人の女の子が楽しそうに抱き合って、一人はカメラを持っています。カメラにFとあるところをみると、これは名機ニコンFでしょうか。そのほかにも、裏表紙、見返しにちりばめられた暗室用品を見てください。カメラ好きのみなさんなら、おっ! と思いますよね。

 

この本のいたるところにちりばめられた暗室・現像用品をごらんください。 

 

おっ!と思いますよね。

 

ところで、以前取りあげました「フォーカス&コントラスト」(町村チェス)もそうでしたが、女と女の間の複雑な感情には、カメラと暗室が似合うのでしょうか。未読ですが、今度読もうと思っている「彼女とカメラと彼女の季節」(月子)も確か、女と女の間にカメラですよね。そんなわけですから、この「泣いたって画になるね」もきっと、お友達との間に恋愛感情が生まれた女の子の話なのかな、と予想を付けて読み始めました。

 

ここで帯に注目してみましょう。「浅野いにおの愛弟子」とあります。どうやらこの畳ゆか先生、浅野いにおの流れをくむ漫画家の方……。浅野いにお作品は「ソラニン」「勇者たち」が既読です。中でもわたしは「勇者たち」が好きで、何度も読み返しています。絵本みたいなほんわかしたノリで、不思議で楽しい登場人物がたくさん出てきて、フフフ、と読んでいるうちに何か雲行きが怪しくなり、次のページで、死角から鈍器で殴られるような読書体験が凄まじく、”浅野いにお”と聞くだけで、(油断していたら表現に殴られて死ぬかも)と、ちょっと身構えるようになりました。その浅野いにお先生の愛弟子なのですから、単純な惚れたはれたの話であるはずがないのです。

 

  ――かつて自意識に苛まれたことのあるみなさんへ。――
           ――劇薬です。――


背表紙の帯に、こう書いてあるのに、私は早く気がつくべきでした。

 

背表紙もいいですね。劇薬です。

 

主人公は森山小枝、写真部員で、カメラを愛する主人公です。この主人公が熱心に読んでいるのはカメラ雑誌の「カメラ日和」。この「カメラ日和」なんですが、判型やデザインも、かつての月刊カメラ雑誌を思わせる作り。その「カメラ日和」のフォトコンに入選するのを、彼女は大きな目標にしているわけです。(今月もダメだったか……)とがっかりしたり。暗室にも入って、熱心に自分の表現をつきつめています。もうこれだけで、わたしは主人公の小枝にものすごく肩入れしてしまいました。がんばれ!

 

そして、その幼なじみの、三宮莉子。隣に住んでおり、主人公の小枝ととても仲良しです。この莉子が、ものすごく人目を引く可愛さを持っているわけです。みんなが写真を撮りたいと思うくらい素敵な莉子。もちろんクラスの人気者で、性格も明るく、誰からも好かれています。いつもクラスの中心、頂点にいて、みんなの羨望の的です。対照的に、主人公の小枝は地味な外見で冴えず、それほど人付き合いも上手ではありません。
 
ちょっとモノローグを引用してみます。

 

 ――写真を撮るのが好きだ。 思い描いた視角の世界を作れる。――
 ――あたしは撮る側、誰の視角にも入らない。――
 ――だけど……――
 ――あたしは、作る側だ。 誰の共感も賛同も要らない。――

 ――写真は、自分だけの、場所だ――

 

ということを噛みしめながら、小枝は、カメラを持って教室の隅にいるわけです。
昔からこの小枝と同じような感じで暮らしてきたわたしは、ほんとうに主人公に共感し、グッときました。そうなんです、写真は自分だけの場所だから。

 

ところで、自分よりも友達の方がずばぬけて美形である、というシチュエーションは、女子の心を歪ませるものです。学校生活のような狭い世界では、特にそうでしょう。生まれつきの、ものすごい美人であれば、一度もそんなコンプレックスを感じないで、生きていられるのかもしれませんが……。
選ばれない方の脇役・いつも背景の扱い・いじられキャラ扱いに、密かに傷ついているこの主人公、小枝の気持ちは、多かれ少なかれ、女子ならほとんどの人が覗いたことのある、深い淵のようなものだと思います。
畳ゆか先生が、その毒を丹念にすくい取るようにして煮詰め、漫画に描いたのも、女であるかぎり、かなりきつい作業だったのじゃないかなと思うのです。まるで美しい毒の結晶のよう。
誰だって、(そんなに秀でた所もない目立たない私の前に、突然王子様のような素敵な人が現れてなぜか選ばれ、周りの女達をぎゃふんと言わせたい)という、甘々のおとぎ話みたいな欲を持っています。夢を見たい。でもそうすることなしに、あまり覗きたくない心の深淵を見つめ続けたところに、この漫画の凄みと文学性を感じるというか……。

 

(わたしがちょっとここで疑問に思ったのは、男性でも同じなのかな? ということです。俺より友人の方がものすごくイケメンで、俺はいつも選ばれない方のモブ(モブ:名無しの群衆)だから、毎日辛いんだ、というような展開はあまり見かけないし、あまり聞きません。これも男と女の違いなんでしょうかね……。俺より友人の方が才能があって、とか、仕事ができて、強くて、という展開はありそうですが)

 

小枝は、ある日気付いてしまいます。実は親友の莉子のことが、嫌いだという自分の本心に。

 

莉子のとりまきに、「幼なじみだと思って調子に乗ってるっていうか……」「あたしらに口きいてもらってるのも、リコのおかげなんだから」なんてことも面と向かって言われてしまいますが、小枝には写真があるし、写真部の男子部員の小池ともいい仲になりかけているので平気、わたしは三宮莉子から独立するんだ、と決心し、莉子からなんとか離れようと試みますが……。

 

わたしはあるコマの、莉子の可愛い顔を見ながら「怖っ」と呟いてしまいましたよ。 
絵自体は、とても可愛いんです。ものすごく可愛いはずの絵なのに、なぜか震え上がるほど怖い。
文化祭のくだりなんかも、本当に表現で読者を鈍器で殴ってくるのです。さすが浅野いにお先生の愛弟子……。

ラストで、小夜は愛機を手に、自分の存在意義をかけて、ある勝負に打って出るのですが――息を止めて読みました。

 

この「泣いたって画になるね」というタイトルが回収されるページがあります。そのページを見ながら、みなさんもわたしと一緒に唸っていただきたい。
帯の「劇薬」は本当です。
これ以上はネタバレになるために言えませんが、この物語が、この終わり方をすることで、「泣いたって画になるね」は、真に美しい毒の結晶として完成したんだなと思います。

 

 

ニコンFはありませんが、F3で。漫画のことですが、主人公・小枝の今後に幸あれと心から思いました。

 

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