top コラムカメラ的本棚第13話 「写真屋カフカ」山川直人(小学館)

カメラ的本棚

第13話 「写真屋カフカ」山川直人(小学館)

2022/11/08
柊サナカ

「写真屋カフカ」という作品をご存じでしょうか。こちらの作品、とても気になっていました。表紙をご覧下さい。わたしは最初、もしかして表紙は版画なのかな、と思いましたが、良く見ると違います。独特の、ほっこりした画風が可愛いですね。
そんなに漫画の技法について詳しくはないのですが、じっと見ていると、地面や星空、シルエットや輪郭にとても味があり、山川先生は、この線をコツコツと手描きでお描きになっているのでは? と思いました。このアナログ感が素敵ですよね。(と言いつつ、バリバリにデジタル作画だったらすみません……。でも勝手な想像なのですが、古民家的なところで、山川先生が古びた木の机に向かい、ランプの光の中、インクとペンで紙に少しずつ線をひいているのであってほしいなと、切に思いました) 

 

そして、目に留まったのが主人公カフカの持つカメラです。このカメラ、Z。
もしかして、これゼンザブロニカ? と気がついたときに、もうわたしはこの「写真屋カフカ」を素早く購入していました。だって表紙にゼンザブロニカですよ? だんぜん、このカフカが、どんな人なのかなって、気になってくるじゃないですか。写真家でなく、写真屋。ハッセルブラッドでなく、ゼンザブロニカ。服装はトンビのコートに帽子。気になる……。

 

第一話が「公衆電話」です。ちなみに、今の子どもたちは、多くの子供たちが子供用スマホや携帯を持っているために、公衆電話は使ったこともなければ触ったこともなく、今や、災害等の非常時のために、かけ方を特別に練習しなければ使えないものとなりました。我が子もそうです。
「写真屋カフカ」の1ページ目をめくって、へえ、公衆電話か、昭和の漫画なのかな、と奥付を見ると、2015年発売、まさかの平成。第1話では、ひとりのおじいさんと公衆電話とのエピソードが語られます。このご時世とあって、公衆電話が撤去されることになり、カフカはその公衆電話がなくなる前に、写真を撮りに来たのです。(たぶんカメラは大判のジナー)
おじいさんはその公衆電話に、ある特別な思い入れがあるようで……。
カフカはおじいさんと公衆電話の写真を撮ると、暗室に入って現像します、おじいさんがその写真を手に取って見てみると、不思議なことが。素敵なエピソードなので、ぜひみなさんにも読んでいただきたい。

 

内容を少しだけ。この雰囲気、いいなあ……。

 

そのほかにもエピソードは「紙芝居」「銭湯の煙突」「名鉄美濃町線」、そう、カフカは消えそうなもの、なくなりそうなもの(なくなったもの)をテーマに撮る写真屋なのです。消えそうなもの、なくなりそうなもの、人の記憶からだんだんなくなってしまうようなものを、フィルムカメラで撮る――フィルムカメラも、そういうものの中のひとつかもしれないなあと、うっすら思っているわたしたちには、もうそれだけでぐっと来ませんか。
写真を撮るという行為は、見ているこの光景をずっと覚えておきたい、そんな願いや祈りがこめられているように思います。
街もみるみる様変わりしてしまう今、少し前の風景を思い出そうとしても、そこに何があったか、どんな様子だったかは、ぼんやりとしか思い出せないこともよくあります。ブームだって、昔は年単位だったものが、週単位、日単位で消費されていくような気もします。みんな急げ急げ話題に乗り遅れるなと、ものすごい勢いで社会が変わっていくようなこの時代に、「写真屋カフカ」の視点はやさしく、その場に立ち止まるのを許してくれているようで、心癒やされます。

 

ところで、去年(2021年3月)のことになりますが、わたしはJCIIフォトサロンで、渡部雄吉作品展「張り込み日記」という写真展を見てきました。この「張り込み日記」、昭和の捜査現場に密着して写真を撮ったという写真展で、出てくるのは正真正銘、本物の刑事たちで、本当の捜査です(今では絶対に無理ですよね……)。煙草の煙漂う捜査本部、ハンチングにトレンチコートの聞き込みの様子、写真もそれぞれ素晴らしかったのですが、その昭和の刑事たちのフォトジェニックさに衝撃を受けました。「写真屋カフカ」3話にはそんな刑事たちも出てきて、デパートで買い物もしないのに、たびたびうろつくカフカを怪しみますが、これがまた意外な展開に。この昭和感あふれる刑事さんは、度々出てくるので、すっかり好きに。

 

カフカは写真屋ですから、作中、いろんなカメラが出てきます。絵はかなりデフォルメされているのに、この簡略化された線でカメラが何かわかるのは、漫画家の方ってほんとうにすごいなと思います。カメラ好きの皆様におかれましては、次に何のカメラが出てくるかなと楽しみになることうけあいです。えっニコンFフォトミックなの! となるに違いありません。

 

1話12ページの短い話の中に、人情あり、郷愁あり、涙あり笑いあり、いろんな人間模様が展開します。「紙芝居」等、世代的に自分に馴染みのないものもあるのですが、それでも面白く、テーマになったそのものを知らない人にも面白いですし、昭和生まれの方には、見るだけで懐かしくて、泣きそうになるものもあるのでは、と思います。
特に、7話「風景との対話」では、写真を撮る人間には、もうほんとうにグッとくる、胸に刺さる言葉が出てきます。「写真屋カフカ」カメラ・写真好きにぜひおすすめしたい一作です。

 

 

ところどころにカメラやフィルムのモチーフが。

 

「写真屋カフカ」どの巻も雰囲気が好きです。

 

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