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第5話 「フォーカス&コントラスト」町村チェス(宝島社)

2022/03/29
柊サナカ

20代から30代にかけて、ミニシアターに行ってよく映画を見ていました。大阪九条のシネ・ヌーヴォなどがお気に入りでした。田舎育ちで、そういう文化の匂いみたいなものに飢えており、あらすじなどを事前に見ずに、ふらっと行って何か見て帰るというのを良しとしていました。なので、難解なものを見て ? と首をひねりながら帰ったり、打ちのめされて食欲を失ったり。
わざわざお金を出して首をひねりながら帰ってくるのだから、せん無いものです。それでも映画を見るのは好きでした。
映画には、スカッとして勧善懲悪、楽しむために見る娯楽大作があるのと同時に、そういった、観て気持ちをザワザワさせるための映画の存在を知ることができたのは、今でも良かったなと思います。

 

さて、よくカメラ漫画特集でとりあげられる漫画と、そうではない漫画があります。新人賞である宝島社・第五回「この漫画がすごい!大賞」最優秀賞を獲った、この「フォーカス&コントラスト」も、カラフルな色調、可愛い女の子がニコンのカメラを構えている表紙で、ちょうどわたしが「谷中レトロカメラ店の謎日和」を書き上げたのが2015年ですから、ほぼ同時期に出たフィルムカメラの漫画ということになります。しかしながら、いわゆるカメラ漫画としては「フォーカス&コントラスト」は、取りあげられることは少ないように思います。わたしもカメラ好きとして発売当時から気になっていながら、ずっと未読でした。

 

わたしがこのコーナーで紹介する漫画は、作者の方を応援するためにも、できるだけ現在も発売されていて、新品か電子書籍で買えるものを、と思っていますが、この作品に関しては2014年発売で、電子書籍化もされておらず、いまでは絶版となっているようです。(ですので、お買い求めは中古のものとなります……すみません。途中の第三話まではこの「このマンガがすごい!WEB」でお読みになれます)

https://konomanga.jp/manga/fosus_and_contrast

 

だから「フォーカス&コントラスト」を、このコーナーで取りあげるのはやめておこうと思ったのですが、読んでしまえばもう、これはもう何か書かずには、言わずにはいられない作品でした。昨日読んでわたくし、まだこのザワザワをひきずっているのです。

 

中編が二編入っており、表紙の通り、第一話「ゾーンフォーカス」の主人公ハルは、写真学校に入るために上京した、写真が大好きな女の子です。愛機はフィルムカメラであるニコン(デフォルメされていますが、たぶんF3にニッコール50ミリ?)、暗室で引き伸ばしも。近所に住む年上の女友達、きょうちゃんの家に入り浸って、ご飯を食べたり写真を撮らせてもらったり、とても仲良く過ごしています。
このきょうちゃんは大人の女。肩のところに消した蝶のタトゥーがあり、謎めいたところのある、うつくしいひとで……。


となると、いわゆる”女と女”、女子同士の恋愛、カメラ百合ものなの? と取る方もいらっしゃるでしょうが、わたしはこの「ゾーンフォーカス」を一般的な百合ものだというジャンルでくくることに、ちょっと抵抗があります。
ハルは入学そうそうに彼氏ができ、きょうちゃんもそれを喜んでくれるのですが……。
この彼氏がどうしようもない浮気者のクズ男だったりしたら、「こんなことがあったの……」と、きょうちゃんの家で泣いたりして、女同士の結束も高まろうというものですが、この彼氏、ちゃんとした、いいやつなんです。恋愛は上手くいき、そうなれば必然的にどうなるかというと、これを読んでいる皆さんも経験があろうかと思います。
友達に恋人ができて、遊ぶ頻度がだんだん減り、だんだん波長が合わなくなっていく。あんなに毎日楽しく遊んでいたのに、今では会っても妙にギクシャクしてしまう、というアレ。誰が悪いというわけでもないのに、距離も関係も変わっていく。人生の席替えみたいに。


町村チェス先生のすごいところは、絵と行間(漫画ならコマ間か?)でその切なさを、変わっていく方の無自覚な残酷さを、取り残される方のやるせなさを、若さという人生の速度を、見る者の心を切り刻むみたいに揺さぶってくるところ。
きょうちゃんは、ハルに久しぶりに会いに、ハルのバイト先のカフェまでやってきます。ハルはもうそのころ、新しくできた彼氏に夢中で、きょうちゃんの家には全然来なくなっていたのです。
「楽しそうだね、ハル。……わたしも、ハルぐらいの時が一番楽しかったなあ」
と、つぶやくきょうちゃんに、ハルは無自覚にも「べつにいまだって、きょうちゃんもなんか見つければいいじゃん」と軽く言います。(ほんとうに軽く! そうなんです若いって残酷なんです)
ハルはサングラスをかけていて、表情は描かれていないし、モノローグで心中をいっぱい語ったりしないのですが、読んでいて心がぎゅっとなります。
その後、久しぶりにハルがきょうちゃんの家を訪ねてみると、きょうちゃんは食事をとっていないのか、病的に痩せていて……。


年上の女友達、きょうちゃんはファインダーの中でだんだんと変わっていきます。
それをハルは、
――ひと夏をかけて彼女はゆっくりと腐っていった――
――まるで果物が腐るみたいに――
と表現します。
ハルはこんな風に、ファインダーの先を冷徹な目で見ていながら、それでも被写体として興味を引かれるきょうちゃんのことは撮り続けます。

わたしはここに写真を撮る、誰かを撮って作品にするという行為についての、クリエイター、写真家の業みたいなものを思いました。人を題材にすることについての罪深さ。


ハルは、きょうちゃんの部屋で、
(あーまただ 強引に持ってかれる)(得体の知れない感傷みたいなモノに)
(巻き込まれ続けるのは ごめんだなあ)
と思いつつも、それでもきょうちゃんを題材に撮り続け、暗室の定着液の中に彼女を沈め続けるのです。
ガラスのやじろべいみたいに、ちょっと触ったらパリン! と粉々に砕け散るような、ふたりの女の危うい距離感。だんだん奇行めいた行動をするようになったきょうちゃんに、ハルは――


この物語の最後に来たときに、わたしはようやく息をつきました。いや、ずっと読んでる間、息を止めていたってことはないのですが、やっと意識が現実に戻ってきたというか……。この感覚はミニシアターで映画を見終わり、明るい路地に出てきたときに、今までの世界が今までとは違って見えるみたいな感覚と似ています。


わたし、表紙から、カメラ楽しい! フィルムいい! 撮るのいいなあ! ハハハ! みたいな話だと勝手に想像していたのですが、いきなりものすごいボディブローが死角から来た、みたいにダメージを負いました。中編では考えられないような重みと凄み。主人公は終始写真を撮っていて、ニコンもフィルムも、暗室作業だって出てくるのに、カメラ漫画として認識されていないわけです、読んだ後に全部、感情が持って行かれてしまう。
でもわたしはこの作品「ゾーンフォーカス」が最優秀賞を獲った日本の漫画界は、いまさらながらすごいなと思うのです。層が厚い……。


町村チェス先生の他の作品もぜひに、と思い探しましたが、もう描かれてはいないのか、事情があるのか、他作品は一作のみで、現在の作品は見つけられませんでした。
それでも漫画いくらなんでも上手すぎやろ、と思ったので、インタビューを見つけたのですが、町村チェス先生、この作品が漫画というものを描き上げたほぼ初の作品ということで、また倒れそうになりました。
わたしも創作をやる人間ですから、何かの外的要因で創作を辞める、もしくは辞めなければならなくなることがあるのも知っているし、何らかの内的要因、例えば気が乗らない、描きたいものがなくなるなどで、今は創作していないということはたびたびあるのを知っています。それでもどうか、この非凡な才能、町村チェス先生にはどこかで描き続けていただきたいものです。
この読後感を誰かと共有したいです……。まだ心がザワザワしております。

 

漫画の一部を。暗室に入る主人公。

 

帯。この表現からしてすごい。

 

愛機のニコンF3とともに。

 

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