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カメラ的本棚

第19話「ホームレス ニューヨークと寝た男」

2023/04/25
柊サナカ

いやー、カメラマンのドキュメンタリーを探していて、すごいドキュメンタリーを見つけてしまった。

 

このドキュメンタリーの主人公、マーク・レイはカメラマン。それも、ストリートスナップ系ポートレートというのでしょうか、街でモデルを見つけ、声かけ撮影するタイプのカメラマンです。愛機はキヤノンEOS 7D。声をかける様子もサマになっていて、ポージング指示も決まってます。コミュニケーション上手であるだけではなく、52歳で、イケおじ、と言ってさしつかえないほどの容姿。おしゃれで長身、女の子の扱いにも長けていて、モデルもご機嫌でポーズをとっています。そんな、非の打ち所もないようなカメラマン。
でも、なんでホームレスなの?

 

日本でホームレスというと、失礼ながら、洋服に気を遣っている方はあまり見かけません。なので、マーク・レイがホームレスであるということは、にわかには信じられないような外見をしています。服はオシャレなスーツに革靴、きちんとアイロンのかかったシャツ、たまには差し色としてストールを巻くことも。それがまあ、長身のマーク・レイにはとてもよく似合う。さすが元モデルというだけのことはある。
 

まあ、そのシャツなどはスポーツジムのトイレで、ハンドソープを使ってこまめに洗濯、手を乾かすハンドドライヤーで乾かし、ジムのベンチでアイロンも。パソコン、カメラなどの全財産はジムのロッカーの中へ。

 


 

スポーツジムは24時間営業でないので、夜はどこで寝るかというと、ありったけ着込んで、あるアパートの屋上へ行きます。そのアパートは友人が住んでいるアパートで、鍵を借りたときに勝手に作った合鍵でこっそり侵入。屋上の目立たない一角を自分のねぐらとし、そこで寝袋とブルーシートにくるまって夜を明かす。トイレはペットボトルへ。不法侵入なので、誰かに見つからないか用心しながら寝ます。夜明けと共に起きて、公衆便所で顔を洗い、髭を剃る。
 

野宿って一口に言っても、ニューヨークって、めちゃくちゃ寒いですよね? この人死ぬんじゃないかと心配になります。でもまあ、さすがに何かの企画なのかなと最初思いました。撮影のための、仕込みのニセホームレス生活なのかなと。しかしながら、こんな生活を、映画監督トーマス・ヴィルデンゾーンが密着し始めて丸三年、かれこれもう五年も送っているとは……。どうやらマーク・レイは、本物のホームレスカメラマンのようです。

 

 

普通の人なら三日で限界が来るような生活ですが、ニューヨークってそんなに刺激的な街なんですかね? 確かに映像の夜景や華やかな街の様子、花火やパレードは、さすがニューヨークだな、と思うのですが。
マーク・レイとかつて繋がりのあったカメラマンは、いまや雑誌の表紙を飾る売れっ子として活躍しています。その一方で、マーク・レイは、ほとんど徹夜で編集したポートレートを、あちこちに売り込みに行く生活です。有名雑誌に片っ端から、売り込みのメールを出してみたりも。それでも写真はあまりお金にならないらしく、彼の主な収入源は、映画のエキストラです。
 

なんでなんだろう? と思いますよね。ちょっとやめて実家に帰ったりして、どこかの求人に応募すれば、いくらでも働き口があるだろうにと。
それでもやっぱり、彼はニューヨークが好き、華やかな生活が好きなんだろうな、離れられないんだろうな、カメラマンとしての自分が好きなんだろうなと思います。
なんでこんな邦題に? と思っていましたが、そう思ってみると、”ニューヨークと寝た男”は、ぴったりです。つれないけれど、離れられない、みたいな……。

 

 

 

マーク・レイ、52歳。アメリカのカメラマンの一般的な出世道について詳しくはないのですが、かつての知り合いが事務所を構え、売れっ子として活躍しているということですから、アメリカでもそういった年齢なのでしょう。夢を追うのはいいことですし、生き生きと写真を撮るマーク・レイの姿を見ていると、楽しそうだな、とも思います。でも52歳、そんな野宿生活みたいなものが、体力的にいつまでも続けられるとは思えません。
どこで間違ったんだろうなあ……という、ときおりさらけ出される本音に、心が締めつけられます。

 

わたしは人間にはつねづね、二種類いると思っています。一方は人生設計をしっかり立てて、着実に歩んでいくタイプ。もう一方は、気分で放浪したり、自由を求めるタイプ。わたしは完全に後者のタイプです。
だから、このマーク・レイを見ても、(なにやってるんだろう、もうちょっと人生設計、しっかり立てたらいいのに)とは思えませんでした。見る人によっては、許せないタイプかも知れませんが、ちょっと親近感を覚えてしまいました。
彼の友人は彼のことを、いい奴だ、いつかきっと成功するに違いないと、心から信じています。
もしプロのカメラマンが、このドキュメンタリーを見たら、彼のキャリアについての問題点がわかるのかもしれません。彼の何がダメなんでしょう……。それだけ、ニューヨークではカメラマンを志す人が多いのでしょうか。

 

 

街で声かけ撮影をする人は、わたしの知り合いの中にもいますが、どの方もおしゃれで、清潔感があり、コミュニケーション上手な人ばかりだなと思います。(そうでないと、女の子は立ち止まってもくれませんよね?)
このマーク・レイを見ていると、いかに女の子に声をかけるか、無視されてもめげずに笑いに持っていくか、うまいなあと思いました。たまにキスまでもっていけるところは本当にすごい。そればかりでなく、ジムで鍛えて容姿を整え、丁寧にアイロンをかけ、身なりをいかに清潔に見せるかは、すごく大事なんだなと変なところに感心しました。

 

ちなみに、この映画が公開された後で、ねぐらがバレて、お気に入りの屋上は閉鎖されてしまったそうです。果たして、出演料で家が買えたのか、いまは家があるのか、ニューヨークでカメラマンは続けられているのかどうか心配しています。
一気見しました、ぜひ。

「ホームレス ニューヨークと寝た男 」

デジタル配信中

DVD販売中

販売元:(株)紀伊國屋書店

価格:5,280円(税込)

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

監督:トーマス・ヴィルテンゾーン

出演:マーク・レイ

音楽:カイル・イーストウッド/マット・マクガイア

2014年/オーストリア、アメリカ/英語/ドキュメンタリー/83分

原題:HOMME LESS 字幕:大西公子

配給・宣伝:ミモザフィルムズ 宣伝協力:プレイタイム/サニー映画宣伝事務所

後援:オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム 協力:BLUE NOTE TOKYO

www.homme-less.jp

 

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