© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
当コラムでは写真・カメラにまつわる映画や漫画を取り上げています。この「マルティネス」も、どうやら写真が出て来るらしい……? とりあえず有楽町のヒューマントラストシネマへ観に行ったんですが、平日にもかかわらず予想外の大入り、満席に近いくらいでした。それも、わたしも含めてほとんどが中年・初老。その理由は後ほどわかります。
なんとなく見始めたこの「マルティネス」しみじみと面白い映画だったので、ぜひ紹介したく。
映画はちょっとレトロな内装の、かわいらしい部屋から始まります。が……何かがおかしい。ずっと大音量でテレビは点けっぱなしだし、花はカラカラに枯れている。ガラスの器にもほこりが溜まっている……。色合いもインテリアもかわいいけど、どこか不穏な雰囲気です。
その部屋の上階に住むのがマルティネスなのですが、まあ、独身中年男性です。性格は細かく偏屈、同僚にも挨拶もせず皮肉ばかり、職場でも煙たがられている。自分のパターンを崩さずに、毎日、同じような日常を送っている。仕事はクビになり、しかも新しい同僚パブロは陽気すぎる男。嫌々ながらも仕事を引き継ぎしなければならない。
マルティネスがアパートに帰っても、階下の部屋ではずっと大音量でテレビが点いていて、あまりにうるさいので寝られず、床をドンドン棒で打ちならしたり、耳栓をしたりしてしのいでいます。ところがある日――救急車が来て、階下の女性が半年も前に、孤独死していたことがわかるのです。
あくる日、突然大家が訪ねてきます。プレゼントがあると言うのです。マルティネスは、心当たりがない、と言います。それはそうです、恋人はおろか、職場でも趣味の場でも友人一人おらず、家族の気配もないからです。そのプレゼントこそ、部屋で孤独死していた女性が、マルティネスのために準備していたものだったのです。中身はかわいい置物です。
いきなりのプレゼントに動揺するマルティネス! 窓の外を見ると雷鳴、アパートの下には、孤独死した女性のゴミが山積みになっていて、このままだと雨に濡れてしまうかも……。マルティネスはそのゴミを全部、部屋に持ち帰ることに。
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
ひとつひとつゴミ袋を開け、そこにあったハンドクリームを使ってみたり、ファンシーなインテリアを飾ってみたり、フリフリのエプロンをつけて料理本で料理をしてみたり。日記や、残された写真を見るうちに、マルティネスは変わっていきます。彼女の手帖に残されていた、やりたいことリストもマルティネスが代わりに叶えてあげます。これは……恋なの? そんなプレゼントひとつで、チョロすぎない? と思いはしますが、そこは死ぬほど説得力のある、マルティネス役のフランシスコ・レジェスの真面目くさった顔と、独身中年男性が、かわいいインテリアに囲まれている様子が、もうどうにも面白く、いつもは岩のように静まり返っている単館系映画館にもフフフフと笑い声が漏れるほどで、わたくしは観ながらずっとニヤニヤしていたと思います。
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
恋について語るマルティネスの言葉が、彼女が実在しないため、思いのほか詩的になり、それを聞いていた同僚たちが(なんてロマンチックなの……!)とか(すごい男だよきみは!)みたいな心打たれた反応なのも腹がよじれました。
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
とはいえ、物語はだんだんと移り変わっていきます。人間、ひとりで生きていけはしますが、やはり、心の奥底では、誰しも愛し愛されることを望んでいるのだろうな、と思います。どの登場人物もそれぞれに孤独を抱えていて、ひとりひとりが寂しい。若い時にはやるべきことが多すぎて、人生の孤独には気づかなかったかもしれません。この映画は、ある程度、年を重ねた人にこそ刺さる、と確信しました。ロレーナ・パディージャ監督はこれが長編初監督だそう。脚本も彼女だそうですね。メキシコの街並み、色合いも構図もとても素敵だったので、その点でもおすすめできます。
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
さて、マルティネスの恋はどう決着がつくのか、ぜひ見届けていただきたいと思います。
© 2023 Lorena Padilla Bañuelos
- 映画『マルティネス』
- 監督:ロレーナ・パディージャ
- 出演:フランシスコ・レジェス、ウンベルト・ブスト、マルタ・クラウディア・モレノ 他
- 原題:Martínez |メキシコ|2023年|96分|カラー|スペイン語|フラット|5.1ch|G
- 日本語字幕:島﨑あかり|字幕監修:洲崎圭子|後援:在日メキシコ大使館
- 配給・宣伝:カルチュアルライフ
- 2025年8月22日より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
- © 2023 Lorena Padilla Bañuelos
- https://culturallife.co.jp/martinez/
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