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カメラ的本棚

第30話 「哀れなるものたち」ヨルゴス・ランティモス監督

2024/03/26
柊サナカ

こちらのコラムでは、毎回カメラが出てくる映画や漫画を中心に紹介していますが、今回の「哀れなるものたち」には、カメラ自体は一台も出てきません。それでも、カメラ好きは、見ていて誰もが「!!」となるシーンがたくさんあります。しかもコダックのフィルムで撮影されているとあれば、ぜひおすすめしたいなと。

 

この「哀れなるものたち」、監督はヨルゴス・ランティモス。わたしは「聖なる鹿殺し」を観たときに(変わった映画を撮る監督だな……)と思ったのですが、今回の「哀れなるものたち」も同じく(もう本当に、すごく変わった映画を撮る監督だな……)と思いました。

 

ヨルゴス・ランティモス監督 

 

まず冒頭から息をのみます。いきなり始まる女性の身投げのシーン。青い服を着て思い詰めた目をしたエマ・ストーンが美しい。橋から飛び降りたその女性は川に沈み、亡くなったんだな、ということがわかります。
 

が……、可哀想とか気の毒などの情緒より先に、画面のドライな美しさに引き込まれてしまいます。この「哀れなるものたち」に関しては、コダックの記事もあるので、あわせてぜひ読んでいただきたい。(→https://www.kodakjapan.com/motionjp-mag219

 

なんとこの「哀れなるものたち」、映画用35mm、ポジフィルムの、コダックエクタクロームE100で撮影されているそうです。(モノクロ部分や、一部カラー部分はコダックのカラーフィルムも併用とのこと)
 

コダックエクタクロームE100というと、わたしも「やった! エクタクローム復刻だ! これはめでたい」と大喜びで値段を見に行き、36枚撮りポジフィルム一本4700~6000円という値段に、(すみませんでした……)とうなだれ、諦めの境地に至った覚えがあります。映画だったら、一秒間に数十コマ必要でしょうから、だいたいフィルム一本分のフィルムで三秒ほどでしょうか? そのコダックエクタクロームE100をどのくらいの量使ってこの「哀れなるものたち」が撮影されたのか考えると、気が遠くなります。

 

 

最近、「フィルムフィルム言ったって、スキャンで取り込むんだからつまりはデジタルと一緒だし、エフェクトでいくらでもフィルム調にできるのだから、高いフィルム使うなんて無駄の極地だよ」みたいな意見を見かけるにつけ、フィルム好きのわたくし、奥歯を噛みしめ無言になっていましたが、この「哀れなるものたち」を観ても、果たして同じようなことが言えるかな? と思うのです。ここ数年のアカデミー賞撮影賞ノミネート作品に、フィルムで撮影された作品が増えてきたのは、ただ単に「おしゃれだから」「なんだかエモいから」という理由ではないと思います。フィルムカメラ好きの読者のみなさんは、「哀れなるものたち」をぜひご覧になって、ご自分の目で確かめていただきたい。

 

冒頭からさっそく主人公は死んでしまったのですが、天才科学者であるゴドウィン・バクスター博士の手によって蘇生します。(それ倫理的にどうなの?)と観ながら思いましたが、美しいベラ・バクスターは、身体は大人、精神は赤ちゃんの状態から、めざましい勢いで成長していくのです。

 


 

全編、(それ倫理的にどうなの?)と思う展開が続きますが、画面の隅々まで考え抜かれた美術、服飾、構図に関してもまったく隙が無く、フワーンフワーンした異様な音楽と共に観ていると、倫理観は、だんだんもうどうでもよくなってきますね。

 

周囲があまりにも落ちてトンネルみたいになっている場面、超広角の異様な視界の広がり、信じられないほどぐるぐるして渦巻きのようになった美しいボケが繰り広げられます。それはまるでR18の絵本のよう。この世でまだ観たことのないものを観たいと思っている人は、「哀れなるものたち」を、ぜひ観なくてはなりません。
 

ちなみに、トンネルみたいになっている場面のレンズは、オプテックス4mmフィッシュアイとのこと。あまりに美しくて使用レンズを調べまくったぐるぐるボケは、アンティークのペッツバール58mmと85mmということが判明、心から欲しいな、と思ったのでした。

 

 

ベラは精神が子供なので、善悪の判断もつかないし、恥ずかしい、恥ずかしくないの概念もありません。肉体は大人の女性ですから、それはもういろいろと、とんでもないことが起こるわけです。色男に騙されて、真面目そうな婚約者を裏切ることになってしまったり、「熱烈ジャンプ」(性的)にはまったり、有り金を全部貧民に与えて文無しになり、船を追い出されたり、旅をしながら、貪欲に世界を吸収、理解していきます。(それ倫理的にどうなの?)と思っていた私でしたが、終わる頃には自分の中の奇妙な爽快感に、自分で驚いていました。

 

「哀れなるものたち」は、カメラ・フィルム好きの読者の皆さんにぜひおすすめしたい一本です。
これによりフィルムの良さが見直されて、コダックが栄える→フィルムで撮影した映画が増える→エクタクロームE100が、もうちょっとわたしたちの手に入りやすくなるということにも期待したいですね。

 

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