top コラムカメラ的本棚第36話 「美しすぎる裸婦」 ウラジミール・アレニコフ監督

カメラ的本棚

第36話 「美しすぎる裸婦」 ウラジミール・アレニコフ監督

2024/09/24
柊サナカ

もしあなたが写真家だとして、目の前にすばらしくフォトジェニックな女の子がいます。
どんな撮影をしたいですか? 
 

この映画の主人公は、写真家アンドレイ。屈折しています。どのくらい屈折しているかというと、自分の個展に変装していき、周りの人間がどんなことを言っているか盗み聞くのです。「時代遅れだな」「マンネリだよ」「同じような構図ばかりだ」そして変装をとき、また戻る。そうするとさっきまでボロクソに写真をけなしていた人たちが打って変わって「素晴らしい!」「ブラボー」「誇りに思うわ」とちやほや。
 

アンドレイは老人とまではいかないまでも中年、それなりに写真家として成功しているので、ある程度の社会的地位はあります。それでもその栄光は過去になりつつある。次のベネチアビエンナーレ用の作品がまだ完成しておらず、内心焦っているのです。
 

そこへ現れたのが若く美しいマリーナ。アンドレイはマリーナに、ぜひ撮らせてくれと交渉します。ところがマリーナはろう者で、耳も聞こえないし話すことができません。やりとりは筆談かスマホの文字です。
 

欧米の美女はあまりに美の感覚がかけ離れすぎて、美術工芸品みたいで、とっつきづらいということもあると思うのですが、このマリーナ役のマジャ・ゾパは、美しさの中に可愛らしさもあり、童顔でありながら、ものすごいプロポーションの女性で、 ”美しすぎる”なんて邦題がついていますが、題に偽りなしだなと思いました。写真家だったら絶対に撮りたいと思うでしょう。写真家のアンドレイの愛機は、マミヤユニバーサルプレスで、それに6×9のロールホルダーをつけて、撮って撮って撮りまくります。
 

マリーナは無言劇の女優で、アンドレイのような有名写真家に撮られるとあれば、今後のキャリアにも大いに有利になるでしょう。「撮った写真はポートフォリオにも使っていい」などとアンドレイは巧みに誘って、屋敷に連れて帰り、マリーナにメイクをして、いろいろな服を着せて撮ります。だんだんと撮影が進むにつれ、じゃあ脱いで、などとさらっと言い、屋外で裸にさせたりして、アンドレイがやりたい放題撮ります。
 

わたくしはもうおばちゃん目線で「ちょっと、あんた知らん男の家に上がったらアカンで!」と嫌な予感を感じながら見ましたが、帰ろうとするマリーナに、「現像するところを見ないか」「まあ、食事でもしよう」「一杯飲みなさい」などと言葉巧みに引き留め、帰らせようとしない。案の定、「今日は遅いから、泊まっていきなさい」ということになってしまう。
 

屋敷は広く、車でないと移動できないところにあります。そんなこんなでマリーナは風呂でもあらぬ姿を隠し撮られ、寝ているときもシーツをそーっと下ろされて一糸まとわぬ裸を撮られてしまう。やりたい放題だな写真家……。
 

そのうちにマリーナの連絡手段であるスマホも湖に蹴り落とされ、帰らせないように鎖で繋がれたりして屋敷に監禁、ろう者ですから隣に助けを求めることもできなくなってしまうのです。それでもマリーナは気丈で、なんとか知恵を絞って屋敷から脱出しようとする。この結末はどうなるのか、マリーナは無事にこの館から脱出できるのか? ぜひ映画をご覧になって確かめていただきたい。

 


 

アンドレイ役のコンスタンチン・ラヴロネンコもいぶし銀の渋いおじさま、モデルのマリーナも目を見はるほど美しいので、簡単にまとめると、この映画は拉致監禁のストーリーなのですが、画面の様子はただただ綺麗で、いやらしさはありません。R15とあり、(これは……エロスな展開以外にありえないだろうな)と思っていましたが、そちらのエロ方面には向かいません。あくまでこれは写真家とモデルの芸術感のせめぎ合いなのです。
 

でも、これ日本の役者でやったら犯罪臭が出てしまって、めちゃくちゃ生臭くなったろうな、とふと思いました。たまにSNSを騒がせる、被写体モデルのアマチュアカメラマンセクハラ告発とか、スキャンダルで消えていった写真家が、つい頭によぎります……。
 

レビューでは、結末に賛否両論です。これはなんとなくですが、写真をやる人間とそうでない人間で評価が別れるのではないかと思いました。女の子の拉致監禁、絶対ダメです。モデルに立場の強さを利用して、撮影を無理強いするのも犯罪です。モデルの障害を利用するのも卑劣! わかっています、わかってはいますが……自分が写真家だったとして、目の前に極上のモデルがいて、あともう少しですごい作品が撮れる、というところだったら? この写真家の気持ちが、ほんの少しでもわかるのは罪深いことだなと思います。
 

あと余談ですが、ウラジミール・アレニコフ監督が日本の写真界隈にいろいろ影響を受けている様子も見られます。わたしは作中の写真の元ネタがわからなかったのですが、たぶんもっと写真に詳しい人が見たら、何年ごろの誰の何に影響を受けたかまでわかるかもしれません。(荒木経惟かな……?)
 

人を撮る人も、撮られる人も「美しすぎる裸婦」をぜひ。
  

 

  • 美しすぎる裸婦(Strangers of Patience)
  • 監督・脚本:ウラジミール・アレニコフ
    製作:ヴァディム・ゴリャイノフ
    撮影:アリシャー・カミドコジャエフ
  • アンドレイ:コンスタンチン・ラヴロネンコ
    マリーナ:マジャ・ゾパ
  • 発売・販売 : アット エンタテインメント
  • © Cinema Fund, Lenfilm, Sputnik, Dagger Film

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