野鳥って、そういえば撮ったことがありませんでした。一度、台風で倒れた大木を撮りに、朝、川沿いを自転車で走り、マキナ670で撮っていたことがあるのですが、そこで望遠レンズを持った人に「鳥ですか?」と聞かれ、「いえ倒れた木です」と返事したことがあります。お互いに(変わった人だなあ)と思ったかどうかはわかりませんが、世の中には、鳥を専門に撮る人もいるのだな、とその時思いました。
本日ご紹介するのは「秋山さんのとりライフ」。帯にも「とり好きOL、秋山さん鳥とカメラに今日も夢中」とあり、表紙の秋山さんが持っているのも望遠レンズです。(作中では明らかにされていませんが、カメラもニコンのよう)
カメラの楽しみにはいろいろありますが、沼に入りそうな人を誘導、観察して、最初はこわごわ(面白いかも……)となっている初心者を、もっとおびき寄せ、ついに、(これ面白い!)となり、無事にずぶずぶと沼へと沈んでいく様子を傍目で眺めるのは、ものすごく楽しいですよね。
そうなのです、この「秋山さんのとりライフ」は、旅行会社の企画部門の主任、秋山伊吹さんが、どんどん野鳥の撮影「鳥見」にはまっていく物語なのです。最初は秋山さん、なんと遠くのハヤブサを、タブレットのカメラを掲げて撮影しようとしていて、無理だ……となってしまったところ、好青年の部下の高崎さんが取り出したのが、望遠レンズ。
――なんですが、ここでわたくし、たぶん普通に500mmとか600mmが出てくるのだろうなあ、お話的に、と思っていました。でも、なんかすごいレンズ出てきましたよ! 高崎さん愛用レンズは、望遠鏡メーカー(作中では明らかにされていませんが、たぶんビクセン? 500mm×1.4)が出しているという超望遠レンズ、AFなしで鏡胴を掴み、トロンボーンみたいに狙いを定めてスライドさせてピント合わせをするというもの。手ぶれ補正などもないらしいのですが、ハヤブサの姿は羽毛の先まで綺麗に撮れており、秋山さんもびっくり。読者のわたしもびっくり。そんなレンズがあったのですね、見たことなかったです。野鳥撮影界隈、すごいな……。
この連載を読んでいる読者のみなさまは、カメラ、レンズにものすごく詳しい方が多いと思うので、補足はいらないと思いますが、一応書いておきます。望遠レンズ、高価なものが多いです。
ちなみにわたしの結納返しは望遠レンズでした。夫に希望のものを聞いたら、望遠レンズがいいとのこと。(レンズか……)と思いながら、ニコンの望遠、AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8の値段を調べたら当時で25万円ほど、その頃は、わたしもカメラについてあまり知らなかったものですから、ええっレンズ一本にこの値段なの! と驚いた経験があります。ところが望遠レンズ、そのくらいはまだまだ入門価格らしく、600mmの望遠レンズの良いものとなると、100万円など軽く越えて、200万円前後になるレンズも。超望遠になればなるほど、価格もお高くなるようで……。
だから、「秋山さんのとりライフ」も、読む前は、望遠レンズの話、札束がものを言う世界で、庶民には縁遠いお話なのかな、と思っていたのです。
せっかくの野鳥のシャッターチャンスに、レンズにAFがなかったがために撮り逃しました、となると、もう立ち直れないほどがっくり来ると思うのですが、そこにきて、望遠鏡メーカーの手動レンズを愛用し、完全に使いこなしている部下、高崎さんの、ただものではない撮影技術と、野鳥撮影に慣れた玄人感。お話の始まりから、すっかり引き込まれました。
お話は、ハヤブサの営巣地ちかくで会社の親睦会があり、自由時間に、上司部下のふたりで、ハヤブサを見に行ってみるところから始まります。わたしは絶滅危惧種のハヤブサなんて、どこかの山奥に行かないと見られないと思っていたのですが、観光地のすぐ近くで巣を作っていることにも、ちょっと驚きました。調べてみると、都会の高層ビルを断崖絶壁に見立てて生活しているハヤブサもいるのだとか。
わたしがこの「秋山さんのとりライフ」でとても好きなのは、主人公の秋山さんの反応です。普段の秋山さんは眼鏡の真面目な上司で、お仕事もすごくできる、きっちりした人なのですが、その彼女がハヤブサを初めて目にして、ものすごく心を動かされているところが本当にいい。
わたしもフィクションの小説を書く者として、フィクションの中には、必ず本当のことを入れることにしています。たとえばカメラを手にして、心を動かされたことがあれば、その思いを嘘なく、正直に書いて文章にこめます。そういった熱みたいなものは、読者にも伝わるんじゃないかと思っています。
きっと作者の津田先生も、同じように野鳥撮影に行き、初めてハヤブサを目にして、美しい、素晴らしい、と心震えたに違いないのです。
表紙の秋山さんからもわかる通り、レビューは「でかい」「すごい」と秋山さんのおっぱいに引っ張られ気味、女性の読者の方は一見(なんなの、みんなしてそんな巨乳がすきなの、おまえら全員赤ん坊かよ、男ってほんとうに……)などと思うかも知れません。わたしも(これは後から、エロスな展開が来るでしょうな)などと思っていましたが、一巻読んで、最初から最後まできっちり、野鳥の撮影の素晴らしさ、楽しさが実に爽やかに描かれており、自らの汚れた心を反省しました。
普段は真面目でお堅そうな女の人が、一心にシャッターチャンスを狙っているところ、こんなに可愛いものなのかと思いましたね。なにが可愛いって、一話の終わりにもう! 買っちゃってるんですよ。思い切りが良いですね、秋山さん。何を買ったのかはぜひ「秋山さんのとりライフ」一話でお確かめを。これは良い沼の落ちよう、ニヤニヤします。
カワセミにオオルリ、タカ。野鳥撮影の楽しみについて、秋山さんといっしょに追体験するもよし、「鳥見」もいいですが、沼に入っていく初心者を見るのが好きな「沼見」趣味の人にもおすすめです。カメラ好き、野鳥撮影が好きな方もぜひ。
作者おまけのページにも、カメラあるあるや撮影豆知識いろいろと楽しく書かれており、秋山さんが「三脚沼?」「雲台沼?」となっているところも、すごく可愛いのです。
ありとあらゆる趣味の中のひとつ、カメラ。そのカメラの中の、まだ一部分である「野鳥撮影」をテーマにした漫画って、ほんとうに珍しいですし興味深い。
おまけページを見てみると、発売当時で津田先生は、すでに超望遠レンズでの野鳥撮影は六年目とのこと。小さく「本が売れたら新しいレンズを買おう」とありました。秋山さんも一巻の終わりで、広角レンズを買う! と言い出すまでに鳥見にすっかりはまっており、「秋山さんのとりライフ」続きもますます楽しみです。
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