ここでみなさんに、悪魔の質問をしてみたいと思います。
あなたの前にシャッターチャンスがあります。そのシャッターチャンスはすごいもので、撮ればあなたは世界的な有名カメラマンになります。世界報道写真コンテストにも入賞するかもしれないし、ピューリッツァー賞だって取れるかもしれない。でもその写真は衝撃的なもので、写された人の親族は間違いなく悲しむような写真です。
撮りますか? 撮りませんか?
「ナイトクローラー」はダン・ギルロイ監督、主演ジェイク・ギレンホールの映画です。アカデミー賞、脚本賞にもノミネートされた名作とのこと。この、題名のナイトクローラーって何だろうと思っていたら、ナイトクローラーは、事件や事故の映像を撮って売るフリーカメラマンのことをそう称するようです。
そうか、カメラマンの話か、と思って観始めましたが、どうやら英語でカメラマンというと、日本で言うところのカメラマンのことではなく、動画(テレビ)の動画映像を撮る人のことを言うようです。なんだ、動画撮影か……と思いましたが、この「ナイトクローラー」はまさに「撮ること」についての物語で、どんどん引き込まれていきます。
このジェイク・ギレンホール、スッとした端正な顔立ちの俳優です。「ブロークバック・マウンテン」も名画でしたね……。ですが、このナイトクローラーの主人公、ルー役の時には、このジェイク・ギレンホールがものすごく怖いです。ただにっこり座っているだけで、もう怖い。ほとんど瞬きしないのも怖いし、佇まいから尋常じゃない感じがします。開始五分で(あ、この人、一見まともそうに見えるけれどヤバイ人だ……)と誰もがわかるような雰囲気です。演技力がすごい。
仕事にあぶれていたルーが、やりはじめたのが「ナイトクローラー」。フリーの報道カメラマンです。警察の無線を傍受して、事故現場に駆けつけ、映像を撮る。
今、「衝撃映像100連発!」みたいな番組が週に何回もあり、事故現場や災害の時もスマホのカメラで撮影する人がたくさんいます。こういうスクープ映像、売れたりするらしいじゃないですか。でも、けが人がまだいるような場面で、「救助の邪魔だ! どけ!」と怒鳴る救助隊をかき分けて、勝手に撮れます? 普通の人間なら、(気の毒に)と思うし、救助隊の邪魔はしないでおこうと思って、とても撮れないのでは、と思います。
それをこのルーは現場にずかずか入っていき、より衝撃的になるように、勝手に死体を映える位置まで車の前に引きずって、角度と位置をいい感じに直したりして撮影、テレビ局に売り込みに行くのです。
”いいの撮れたな”と興奮気味。しかも嬉しそう。もうこの時点で、(倫理観どうなってるんだ)とめまいがします。
テレビ局の方でも、この衝撃的な映像を高く買うことに。衝撃的であれば衝撃的であるほど視聴率は稼げます。見ているわたしは(ないわ-)と思いながらも、怖くなってきました。それは写真を撮っている人間なら誰しも心の中に少しはある気持ち、いい写真が撮りたい、人よりすごいものが撮りたい、注目されたいという暗い欲望を、これほどまでに表したものはないなと。
もちろん、死体を映える位置まで動かしたりしないし、救急隊をかき分け、立ち入り禁止の黄色いテープをくぐって無断で撮りまくる、みたいなことをする人はいないだろうと思いますが、たまにいる、ルールを逸脱する撮り手――線路に侵入して特急列車を停めてしまったり、映えさせようと勝手に農地に水を入れたり、花畑を踏み荒らしたり、雪景色が綺麗だからと私有地に無断侵入してしまったり――などの人たちを連想します。
この主人公ルーは、銃撃戦のあった家に無断侵入、家族写真をわざわざ弾痕の隣に移動させ、窓越しに被害者を撮って、悲劇性をアップしたりなんてこともやりはじめ、もうやりたい放題します。人の命とか心とかはどうでもいい、すべてはセンセーショナルな映像のために。わたしはもう、(バチあたってほしい。見てる側が引くくらい、すごいバチがあたりますように)と念じながら見ていました。
わたしの願い通り、主人公にバチが当たったかどうかはぜひ、この「ナイトクローラー」を見ていただきたい。その、”バチ当たって欲しい”という気持ちまで見透かされるような脚本に、唸ることうけあいです。
見終わった後、わたし、ちょっと怖くなりました。こういうカメラマンって、実際にいるのかもしれないな……、と。
『ナイトクローラー』
¥1,257(税込)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
販売元:ギャガ
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