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カメラ的本棚

第6話 写真家のドキュメンタリー映画を観る

2022/04/26
柊サナカ

ドキュメンタリーが好きです。普通なら人生は自分回の一回のみですが、ドキュメンタリー本を読んだり映画を観たりすれば、自分以外の人の人生を垣間見ることができるからです。
しかし悲しいかな、ドキュメンタリー映画は、映画館ではたいてい初回かレイトショーで、なかなかふらっと行って観てくるというのは難しい時間帯にあることが多く……。今では映画配信サイトで良質なドキュメンタリー映画がたくさん公開されており、いい時代になったと思います。
今回、プライムビデオやネットフリックス等で配信されているドキュメンタリー映画を中心に、紹介できたらと思います。(データは2022年春現在のもの)

 

1「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」

予告編https://www.youtube.com/watch?v=0h40wqGeU8I

  

冒頭、こんな言葉が出てきます。
――”フォトグラファー”とは「光で描く人」を指す――
それからモノクロの画面が引いていき、ふっと焦点が合ったかと思うと、目の前にバーンと広がるのはブラジルの金鉱、セラ・ペラーダのモノクロ写真。地面に開いた巨大な穴に五万人の労働者がひしめき、うごめいているという圧倒的な光景です。
サルガドも撮影当時を振り返り、「全身に鳥肌が立った」「私はただ立ちつくしていた」と言っていますが、わたしはもうこれだけで、「すごい……」とモノクロの画面を前につぶやいていました。後で見るとメモにも「写真すごい」「すげー」と何個も書いてあります。語彙力が失われるほどの光景なので、ぜひ実際に観ていただきたい。

 

穴の出口へと向かう、何本もの細い縄ばしごを、砂と泥にまみれた労働者達が登っていきます。その様子はアリの大群にも見え、「蜘蛛の糸」のようでもあります。そんな地獄のような光景の中でもみんな目が強い。その鉱山では金が出ると、一つだけ土塊の入った袋を選ぶことができるのだそうです。その中に金が入っているのか、泥だけなのかは神のみぞ知る。サルガドは、金鉱労働者を可哀想な奴隷としてではなく、可能性に賭ける挑戦者として撮りました。


わたしは正直、(わたしだって実家がギアナ高地だったり、南極だったりしたら有名写真家だったかもしれないじゃないか)と思っていたのですが、このドキュメンタリーを観て認識を改めました。サルガドが少数民族を撮る時の優しい目と、大人だけでなく子どもたちにも、撮った写真をその場できちんと見せている様子。その姿勢は、バラエティ番組でよくある、半裸の少数民族をおふざけ混じりに紹介して、愉快な未開の人たち、というおもしろネタで消費することと対極にあるなと。
――ポートレートは、私一人で撮るのではなく、相手からもらうのだ――
重みのあるよい言葉です。サルガドの作品とともに、きちんと覚えておこうと思います。


サルガドの父上も出てきたのですが「あんな旅好きは見たことがない」とちょっと呆れ気味に言っていたほどの旅好き。経済学を修めていたとは知りませんでした。高収入で安定したエコノミストの職を捨て、写真家の道を選んだということも、カメラのきっかけは、妻が何気なく買ってきたカメラだったということも、このドキュメンタリーで初めて知りました。
いい歳した夫が「写真家になろうかな」なんて言い出したら、「あんたホントに夢みたいなこと言ってないで地に足つけなさいよ! 子供だって居るんだからね! 家のローンどうするのよ!(怒)」と妻はキイキイ怒るのが普通でしょうが、夫の作品のためにエージェントや新聞社に売り込みに回った、奥さんのレリアさんもすごい。「アザー・アメリカ」の作品撮りのために、夫が8年、生まれたばかりの子を置いて、中南米の奥地に旅に出ることを応援し続けたのもすごい。

 

素晴らしいモノクロ作品の数々と旅。監督は「パリ・テキサス」のヴィム・ヴェンダース。過去と今を行き来する構成も良く、写真好きにはぜひオススメしたい一本です。

 

2「過去はいつも新しく、未来は常に懐かしい 写真家 森山大道」

https://daido-documentary2020.com/

 

森山大道のドキュメンタリーは、以前にも映画館で観たことがありました。(「≒(ニアイコール)森山大道」で、たしか2000年ごろの大阪のシネ・ヌーヴォだったと思います。その時は写真もカメラにもたいして興味を持っていなかったのですが、なんとなく森山大道その人に興味を引かれて、観たくなったのです。
今思えば、コアなファンでなくても、一人の写真家のドキュメンタリーを映画館で観たいと思わせるなんてすごいことです。(ああ、森山大道さん、こういう風に歩いたりしゃべったりする人なんだな……)と、動く森山大道に静かに興奮した覚えがあります。人間くさい部分も描写されていたりして、見応えがありました。


あれから20年余り経ってからの、こちらのドキュメンタリー映画。私も歳をとりましたが、森山大道氏にも等しく、20年あまりの歳月が経ったことになります。

 

パリフォトと言えば、言わずと知れた世界最大の写真フェアですが、ここで画面切り替わり、テロップが表示されます。
――パリフォトで 50年前の写真集が蘇った――
パリフォトでの人の列、列、列、長蛇の列、後ろの方でぴょんぴょんはねてる人もいる、伝説の写真集の復活です。その「にっぽん劇場写真帖」決定版の復活が、どこから始まるかというと、なんと造本家の方が山奥で、木を切り倒すところから。ここからか! と心弾みます。


このドキュメンタリーは、50年前の伝説の写真集の復活を丁寧に追いながら、同時に過去の名作+当時の世相と映像+現代の映像をも織り交ぜて、森山大道その人を描き出そうという試みなのです。
サイン会の情景も出ていましたが、みなさん本当に嬉しそう……そうですよね、カメラにサインを書いてもらいたい。(わたしもGRかCOOLPIXにサイン書いてもらいたい)感激して泣きそうになっている人も。


そんな世界的な巨匠でありながら、街で撮る森山大道の映像を見ていると、右手にちょっとカメラをぶら下げて、少しも迷うこと無しにスッスッと撮るように見えます。本当にスッと、「切り取る」みたいに。あまりに街に溶け込んでいて、たぶんすれ違っても、気付かずにそのまま通り過ぎてしまうかもしれません。そのスタイルは二十年前に観たドキュメンタリー映画と、そんなに変わっていないみたいだ――と、そこまで思って、今、御年80歳なんだなということを急に思い出しました。すごいエネルギー。かくありたいものです。


ファンに、フィルムとデジタルのことを聞かれて、過去に愛用していた印画紙、月光のV4が無くなったことに触れ、フィルムにもデジタルにもこだわりがないと。その言い方が、本当に心から何のこだわりのない言い方で、「写りゃいいんだから」とさらっと言うところも、なんというか、流石だなと思いました。日本を代表する写真の天才と比べるのも何なのですが、このカメラが欲しいこのレンズが欲しいと終始ジタバタしている自分が、何だかちょっと恥ずかしくなってきました。


――パリフォトまで あと○日――
というカウントダウンと共に、写真集ができていくまでの過程も興味深いです。白熱する会議、製紙工場の様子、できた紙を手でじっくり触り確かめる。写真集再構築の定義から始めて、意見をすりあわせ、白黒写真を三色で刷る。その道のプロが、すべての知識と能力を総動員して行う色校の雰囲気。黒のニュアンスをどう出すか。細かいところにもこだわります。すべてはよい写真集を作るために。
表紙の仕上がりを見て、カッと目を見開き、「五グラム墨入れてください」に痺れました。すごいな印刷のプロ。そのたった五グラムで雰囲気がガラッと変わるのだから、印刷は奥深い。
さあ、写真集の仕上がりを見て、果たして森山大道は何と言うだろうか。見ているわたしも緊張してきましたよ……。 

 

今回は二作品を観てみました。探してみれば、写真家のドキュメンタリーはたくさんあったので、今後もいろいろ見ていきたいと思います。

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