Arena, Miami, 1978 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
みなさんはヘルムート・ニュートン、お好きですか。
わたくし、ヘルムート・ニュートンと言うと、何となく女性のヌードの人だと思っていて、今まであまり興味を持っていなかったのです。女性のヌードって、女性から見ると、結構居心地の悪いものでもあります。見てはいけないような……いたたまれないような……それは男性目線のエロの雰囲気、ある種のいかがわしさがそうさせるのかもしれません。
Self portrait, Monte Carlo, 1993 (c)Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
そういうわけで、ゲロ・フォン・ベーム監督による、2020年制作のドキュメンタリー映画「ヘルムート・ニュートンと12人の女たち」を何となく観始めたのですが、これがめっぽう面白い。観終わったあとに、すぐにヘルムート・ニュートンの写真集を探しました。観る前と観た後、わたしの意識をがらりと変えたこの「ヘルムート・ニュートンと12人の女たち」、気になりませんか?
このドキュメンタリーは、まず最初に、ヘルムート・ニュートンの言葉から始まります。
ハリウッドのあるビルの屋上、背の高い、すごい美女が裸で立っている場面から……
――私はよくモデルに、体について教えてくれと頼む。彼女たちは自分の体に正直だ――
――だから胸も脚もあるがままに撮る――
裸で屋上、煙草をくゆらせる強いヌードの女の人。「ぜんぜん迫力が足りないな、貧相な表情でなくもっと堂々と」なんて言いながら撮る、ハッセルブラッドでの撮影風景。
この映画のすばらしいところは、撮影風景もさることながら、ヘルムート・ニュートンの作品のコンタクトシート(フィルムをべた焼きして、一覧にしたもの)がたくさん観られるところです。どれを選んで、どれに×をつけたかなどが、演出でわかるようになっています。これだけでも、写真家がどういう写真を良しと判断したのか想像できて面白い。
David Lynch and Isabelle Rossellini, Los Angeles, 1988 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
ヘルムート・ニュートンはいきなり、「大半の写真家は退屈だね。私が観た写真家の映画はどれも退屈だった」なんて、映画の冒頭から言いだし、開始から飛ばしすぎじゃないですかね? と思っていたら、そのすぐ後、あるニュース映像が挟み込まれます。
ベルリン出身のヘルムート・ニュートンが車の事故で亡くなったという実際のニュース。いや、ここまで映画開始五分ですよ。これは確かに、いままでにない感じの写真家ドキュメンタリーだなあと度肝を抜かれました。
このドキュメンタリーは、12人の女たち、とタイトルにもあるように、ヘルムート・ニュートンの作品に登場した、さまざまな有名女優・世界的トップモデル等が登場して、かつての撮影風景を振り返ります。歌手でモデル、黒人女優のグレイス・ジョーンズ(ご存じない方はぜひ検索して欲しいです、角刈りみたいな髪型も含めて、めちゃくちゃかっこいいので……)そのグレイス・ジョーンズも当時を振り返ります。
もちろん、その撮影とは、ヌード。手にナイフを持って、好戦的な目でこちらを見ています。全裸で横たわって、脚は開いて……文章にすると、もう大惨事みたいな感じじゃないですか。下手にそういうのやると、目も当てられない安いエロの感じになりますよね? でも女性も観て欲しい、そのグレイス・ジョーンズの写真、ほんとうにかっこいいんです。これはエロじゃない。この写真欲しいな、写真集も欲しいなと思ったくらいです。
撮られたグレイス・ジョーンズ自身も「下品にならない」「気品があった」と言っている通り、その写真には神話の中のエピソードのような、不思議な気高さがあるのです。
Grace Jones and Dolph Lundgren, Los Angeles, 1985 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
ヘルムート・ニュートンの逸話で傑作なのが、フランスの政治家である、ジャン=マリー・ルペンの撮影のエピソードです。ルペンは世界のヘルムート・ニュートンに撮られることをとても喜び、指示通り座って、準備されていたジャーマンシェパード二匹とポーズをとります。ヘルムート・ニュートンは、それを下からあおって撮りました。
ここで、歴史好き、写真好きの読者の方はピンときたかもしれません、シェパードと一緒、下からのアングルって、まんまヒトラーの写真と同じ構図なのです。最初は被写体のルペンも気付いていなかったようなのですが、写真が世に出たあとから、誰かに指摘されたのでしょう、ルペンはあわてて写真の掲載を取り下げようとしました。でも、もう契約で取り下げることはできなかったそうです。
日本で言うと、有名な政治家の( )を( )とまったく同じアングルで撮り、後で( )と指摘されても頑として取り下げない、みたいな感じですよね。ご覧下さい、小心者の作家のわたくしは例えですら( )にしているのに、ヘルムート・ニュートンのなんと強心臓なこと。
Rue Aubriot, Paris, 1975 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
そのほかにも、女性の脚の撮影に医療用コルセットを使ったことで、障害を馬鹿にしているとやり玉にあげられたり、スーザン・ソンタグに「女性蔑視もいいところよ、女性として不快だわ」と面と向かってバッサリ言われたり、黒人モデルの足首に鎖を巻いて撮影して、人種差別、人権侵害、女性蔑視だと、ものすごいバッシングを受けたりします。
あのヴォーグの伝説の編集長、アナ・ウィンターもヘルムート・ニュートンを語りますが、すごいですよ。微笑を浮かべながら、「彼はいつも悪い感想ほど喜ぶの」と。
アナ・ウィンターに送った、彼のファックスの文面もしゃれています。
――ヴィルヘルム二世が、1914年に述べたように、敵が多いほど光栄だ――
――愛を込めて。君のお気に入りの悪ガキじじいより――
たしか、あれは2019年だったでしょうか。写真家は誰かまではわかりませんが、そごう・西武の広告で、顔面にパイを投げつけられた女性の写真が炎上したことは記憶に新しいところです。SNSには、不快だ、女性を馬鹿にしているという言葉であふれ、広報担当者が、謝罪の言葉をホームページに掲載することにもなりました。
Crocodile, Wuppertal, 1983 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
でもヘルムート・ニュートンなんて、あのヴォーグに、ビーチの砂浜に女の人の上半身を黒いゴミ袋ですっぽり覆い、きれいな脚だけ出している、どう考えても事件っぽい写真を載せるのですから、時代が時代とは言え、なんというか、強すぎるなと思います。
わたしは雑誌を読むのも好きなのですが、フィガロジャポンやら、ヌメロトウキョウ等のモード系ファッション雑誌には、たいてい謎コンセプトの写真があり、(これは何ぞ? 普通に服とか時計を見せればいいのでは?)と困惑していましたが、これはもしや、ヘルムート・ニュートンの流れから来ているのかと、やっと気付きました。
12人の女たち、とタイトルにありますが、過去に撮られた女優もモデルも、ヘルムート・ニュートンとの撮影を本当に懐かしげに語ります。
そうなんです。彼女たちは男の人のエロの欲望に屈する惨めな存在なのではなく、自分の肉体を通して、彼と共にイメージを作り上げていく。彼女らの言葉を借りて言えば「力強く・美しく・恐ろしい」存在としての被写体なのです。
写ったモデルが、胸を張って「私たちは裸でも強いの」と発言すること自体、あっぱれじゃありませんか。
わたしはポートレートというと、今まで囲み撮影に一度だけ参加したことがありましたが、綺麗な女の人を私の腕で綺麗に撮る、というより、モデルさんの美しさとポージングに完全に心が白旗をあげて、撮るんじゃなくて、あれは撮らされていたのだな、と今になって思います。
自らのイメージを、モデルを通じて世に芸術作品として出していく、ヘルムート・ニュートンのすごさを改めて思い知りました。
このドキュメンタリーは、女性を被写体として撮る人にもおすすめですが、いろんな意味で面白いドキュメンタリーなので、皆様もぜひ。あまりに強いエピソードの数々。退屈しません!
Newton with Sylvia, Ramatuelle, 1981 (c) Foto Alice Springs, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation
『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』
デジタル配信中
DVD販売中
販売元:TCエンタテインメント
価格:¥4,180(税込)
(c) 2020 LUPA FILM / MONARDA ARTS / ZDF
2020年/93分/カラー/1.78:1/ドイツ/英語・フランス語・ドイツ語 /配給:彩プロ
出演:シャーロット・ランプリング
イザベラ・ロッセリーニ
グレース・ジョーンズ
アナ・ウィンター
クラウディア・シファー
マリアンヌ・フェイスフル
ハンナ・シグラ
スーザン・ソンタグほか
監督:ゲロ・フォン・べーム
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