前々回、前回は、写真論のアンソロジーとしても貴重な、「写真論のパラダイム」という特集が組まれた『写真装置』#7を紹介しました。
今回取り上げるのは、写真論のアンソロジーそのものである、『再録 写真論 1921-1965』(1999年)です。
まず、目次を見てみましょう。
はじめに 三木多聞
写真の辛苦 内田魯庵
写真の新使命 承前 福原信三
写真の新しい機能 村山知義
写真芸術の内容と形式 伊奈信男
壁 中井正一
「見ること」の意味 中井正一
写真芸術における現実性について 長谷川如是閑
写真芸術のリアリズム 岩崎昶
写真芸術の形式的基礎 板垣鷹穗
写真の美学 板垣鷹穗
写真の心理学 柳亮
写真と絵画の交流 瀧口修造
前衛写真試論 瀧口修造
絵の眼と写真の眼と 木村莊八
まだ若い写真美学 小林秀雄
よけいなものの美学 加藤秀俊
映像による現代的性格 佐々木基一
表現における「枠」の問題 三浦つとむ
あとがき 大島洋
[年表]編年史 1921—1965
『写真装置』#7の目次と見比べてみると、選ばれている写真論がけっこう同じであることがわかります。『写真装置』#7のアンソロジーのパートのタイトルは「[再録]写真論1926〜1965」であり、本書のタイトルと酷似しています。もうお気づきの方もいると思いますが、選者も同じです。
では、本書が『写真装置』#7の「[再録]写真論1926〜1965」のたんなる再編かというと、そうともいえないのです。
『再録 写真論 1921-1965』の成立過程を、選者はあとがきでこう綴っています。
本書全体のベースになっているのは、かつて私の編集していた写真論誌『写真装置』七号(一九八三年発行)の「写真論のパラダイム」という特集である。だからこの叢書のひとつとしての企画のはなしが最初にあった折りにも、ごく気軽に考えていた。それというのも当時、『写真装置』を発行していたメンバーや写真への強い関心から集まったボランティアの学生たちと数か月にもわたって国会図書館や都立中央図書館に連日のように通い、一九二〇年前後から八〇年頃までの写真雑誌のバックナンバーを中心に丹念に調べ、大きな段ボール箱に二つぶんにもなる膨大なコピーをとった。さらにそれらのコピーを何度も読み返して取捨検討したという幾分の自負もあった。そのコピーの大半が幸いにして手許にあったから、もう一度目を通しさえしたら充分であろうとの思いがあったのである。しかし、予想外に編集は手間どり、当初に予想されていた出版の期日も大幅にずれ込んでしまうことになった。
なぜ編集に時間がかかることになったのか。その理由は次のようなものでした。
コピーを読み返しているうちに、もう一度、初出の雑誌を洗い直してみるべきだろうとの思いが強くなった。締め切りが迫ってしまい見ることを断念せざるえなくなった雑誌もかなりの数あったことなど、忘れていた当時の記憶も思い出したし、ページの都合で著者ご本人や著作権継承者の方の了解を得て、原文の一部分や断章をそっくりと削除しているものも幾つかあった。そして何よりも、当時どれほど仔細に検討したとしても、一五年前と現在とでは写真についての批評や思想の状況も変化しているし、私の写真や写真論に対する考え方だって当然同じであるとはいえないとの思いが強くなった。初めのうちは、目を通すことのできなかった雑誌とその欠落している時代とを中心に補足的に調べようと思っていたのだが、枝葉や飛び火のようにあれこれと新たな関心や疑問が湧き、結局は東京都写真美術館が所蔵している写真雑誌の大半に目を通すことになってしまった。
こうした経緯を読むと、本書のセレクションは、「[再録]写真論1926〜1965」と大幅に変わっていてもよさそうな感じがします。ところが、そうはなりませんでした。「新たにコピーしたかなりの量の原稿と併せて編集を進めたのだが、こうして手間どったわりには15年前の『写真装置』の構成とそれほど大きく変わらないという結果になった」、というのです。
「写真論のパラダイム」特集号のあとがきに私は、「写真史の中に時折あらわれる際立った写真論はみな孤立してみえる」と書いている。さらにこの編集作業は日本の写真論や写真批評の流れを辿るという当初の目論見ができないことを知る過程であったとも書いているのだが、本書を編集する過程でも一五年前の感想とまったく同じ思いを反復することになり、さらにその感を強くすることになった。
「[再録]写真論1926〜1965」と『再録 写真論 1921-1965』は、とても似ているようにみえます。結果のみに注目するなら、じっさいに似ているのですが、両者の間には、深い葛藤を孕んだ編集プロセスが横たわっています。
『再録 写真論 1921-1965』は、もちろんそれ自体読み応えがある一冊ですが、「[再録]写真論1926〜1965」と詳細に読み比べてみるのも興味深いでしょう。
読み比べることによって、1983年(『写真装置』#7)と1999年(『再録 写真論 1921-1965』)の間における、写真論を捉える視座の、変容なき変容が浮かび上がってくるかもしれません。
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