top コラム書棚の片隅から30 『新たなる凝視』付属の読書案内

書棚の片隅から

30 『新たなる凝視』付属の読書案内

2024/07/01
上野修

今回紹介するのは、中平卓馬の『新たなる凝視』です。しかし、取り上げるのは、写真集本体ではなく、写真集に挟まっていた「晶文社の読書案内」です。
 

「書棚の片隅から」というタイトルで連載していますが、整理していたところ、書棚の片隅というより、その片隅の片隅の片隅から「読書案内」がパラっと出てきました。しかし、写真集は持っていないのです。前にも書いたように、こういった添付物は好物ですが、これだけあるというのは不思議です。なぜこんなことが起きたのでしょう。
 

はじめは、誰かから写真集を借りたさいに「読書案内」を挟み忘れて返してしまったのかと思いましたが、この写真集を借りた記憶もありません。かといって入手したこともなかったように思いますが、記憶をたどっているうちに、もしかしたら買ったことがあるのかもと思うようになりました。

 


 

1980年代は、現在と違って、写真作品としての写真集は、ほとんどありませんでした。写真集といえば、アイドルであったり、風景であったり、何らかのジャンルを鑑賞するためのものだったのです。
 

そんな状況のなかで、『新たなる凝視』はかなり異質な写真集でした。書店のどのようなコーナーにあったのか、よく覚えていませんが、どのジャンルにも収まらず所在なさそうに佇んでいる背表紙が気になって、幾度となく手に取ってページを捲り、また棚に戻していたのだと思います。
 

なぜ棚に戻したのか。理由ははっきりしています。
 

全然わからない……
 

これにつきます。
 

そんなことを何度も何度も繰り返した末に、あるとき、つい買ってしまったような気もするのです。
 

そして、自分の書棚からときおり取り出しては、
 

全然わからない……
 

と、戻す。
 

こんなことを何度か繰り返して、けっきょく手放し、「読書案内」のみが手元に残った。というのは、もっともらしすぎるストーリーでしょうか。
 

さて、「『新たなる凝視』の読者のために」と題されたこの「読書案内」、ラインナップがなかなかすごいです。

 

 

中平卓馬映像論集
なぜ、植物図鑑か ★

桑原甲子雄写真集
東京昭和十一年 ★☆

桑原甲子雄写真集
満州昭和十五年 ★☆

桑原甲子雄東京写真集
夢の町 ★☆

桑原甲子雄
私の写真史 ★

児玉隆也 写真・桑原甲子雄
一銭五厘たちの横丁 ★☆

篠山紀信 漫画・赤塚不二夫
カメラ小僧の世界旅行

スーザン・ソンタグ 近藤耕人訳
写真論

スーザン・ソンタグ 川口喬一訳
ラディカルな意志のスタイル ★

H・M・エンツェンスベルガー 石黒英男訳
意識産業

ヴァルター・ベンヤミン著作集 第二巻
複製技術時代の芸術 ★

アラン・ジュフロワ 西永良成訳
視覚の革命 ★

ヴィクター・パパネック 阿部公正訳
生きのびるためのデザイン ★☆

ゲルト・ゼレ 阿部公正訳
デザインのイデオロギーとユートピア

柏木博
近代日本の産業デザイン思想

★印は日本図書館協会選定図書
☆印は全国学校図書館協議会選定図書

 

作製されたのは昭和57(1982)年12月とのことですが、当時、このラインナップを買い揃えていた読者もいるのでしょう。もし、当時、私がそうした読者だったら、その後の人生も違っていたのかもしれません。
 

今回、これを書いていて気づきましたが、『新たなる凝視』が出版されたのは1983年です。1983年という年は、個人的に注目しているのですが、遅ればせながら、『新たなる凝視』も1983年だったのか、という気持ちになりました。
 

「読書案内」の案内文は、どれも切れ味がよく、かっこいいです。たとえば、中平卓馬映像論集『なぜ、植物図鑑か』の案内文は、このようなものです。

 

人間とその世界を美しくしか撮らないことで、写真家たちは私たちの視覚を瞞着する。このニセの視覚を拒んで、図鑑やカタログが事物に注ぐ、冷たい視線を獲得せよ。 書き下し論文「なぜ、植物図鑑か」を始め、映画・演劇・ジャズ論から、視覚メディアによる大衆操作の分析と批判にいたる、待望久しい中平卓馬の第一評論集。 一二〇〇円

 

『なぜ、植物図鑑か』にも出てくるエンツェンスベルガーによる『意識産業』は、次のように紹介されています。

 

現代の情報化社会の虚像を突き、消費事業としてのジャーナリズムの言論搾取の本質を暴いて、「進歩」と「調和」に酔れる腐蝕した理性をたたく、エンツェンスベルガーの話題作。すぐれて告発的な思考は、怠惰であることを許さないきびしい批評精神のありかを示し、発刊と同時に騒然たる論争を巻きおこした。 一三〇〇円

 

こういった関連を振り返っていると、『なぜ、植物図鑑か』についてのあれこれなども思い出してきましたが、それはまた別の機会に、ということで、今回はこのあたりで終わりにしたいと思います。

 

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