top コラム書棚の片隅から3.『私のカメラ初体験』現代カメラ新書 No.16 朝日ソノラマ

書棚の片隅から

3.『私のカメラ初体験』現代カメラ新書 No.16 朝日ソノラマ

2022/02/28
上野修

写真愛好家なら、朝日ソノラマから出版されていた「現代カメラ新書」シリーズを、どこかで見かけたことがあるに違いない。記憶になくても、背表紙や表紙を見れば、あの本か!と思い出すはずです。


シリーズのNo.1は、1975年の渡辺勉『写真とは何か』。そこから、No.2の児島昭雄『NOWな写真術12章』、No.3の北野邦雄『世界の珍品カメラ』、No.4の日竎貞夫・中矢代憲子『小京都撮影ガイド』、No.5の藤井正也『TTL-AE一眼レフのすべて』と続いていく。脈略はないのだろうか、と思うけれど、ないのです。「現代カメラ新書刊行のことば」には、こう書かれています。

 

現在の写真界は、作品も機材も多様化の傾向が頭著です。このため写真を志す人々は、新知識の吸収に戸惑っている感があり、従来からある写真講座のように、長期間にわたり内容の変わらない指導書では、とても読者の知識欲を満たすことができません。この現状に対応するため、朝日ソノラマでは「現代カメラ新書」を発行することにいたしました。このシリーズの内容は幅広く、初心者の入門書から上級専門書まで、また撮影、メカニズム、写真理論と写真の全分野にわたり、執筆者も写真界の第一人者ばかりが担当します。本の判型はポケットに入れて常時携帯できるように新書判を採用し、廉価・大衆性を旨としました。

なお、背表紙の色マークはつぎのような分類を示しています。(白)撮影編 (青)写真機材編 (緑)写真化学と処理編 (黄)被写体ガイド編 (紫)その他

 

「幅広く」「全分野にわたり」というのは、なんでもアリの建前だとしても、今日、あらためてタイトルを眺めていると、時代性が浮かび上がってくるのが、「現代カメラ新書」シリーズの面白いところですね。

 

シリーズ全体を見渡してみたいけれど、それはまた別の機会に、ということで、今回取り上げるのは、No.16の『私のカメラ初体験』。登場する35人の写真家のラインナップが興味深いのはもちろん、それぞれのエピソードも個性的です。

 

そのなかでも私が一番好きなエピソードは、「カメラのカの字も知らずにD・P屋を始め、それからカメラマンになった」という、富山治夫の話。

 

わたしの兄はそのころ時計屋を開いていたが、その店を利用してひとつもうけてやろうと思い、階段の下を暗室にして、店先にD・P店の看板をかけさせてもらった。そしてカメラを買う前にまず商売用の引伸機を買った。看板を出したらすぐフィルム現像を頼む客がやってきた。

しかし、まだ一本もフィルム現像をしたことがないので、怖くてできなかった。そこで慌てて友達のところへ行きパールをまた借りてきて、それでテスト撮りをしてから、そのフィルムを試しに現像してみた。ところが本に書いてあるように何回やっても、フィルムはまっ黒になってしまう。おかしいなと思って兄貴に聞いてみた。時計屋をやっているだけに、写真のこともある程度知っていて、すぐ原因を教えてくれた。それはなんということはない。電気を消して暗室の中でやれということだった。その教えを守ってから、フィルム現像は怖くなくなった。写真技術書の著者というものは、あたりまえのことは、うっかり書き忘れてしまうのだろうが、そのあたりまえが初心者には最重要であることが多いのだ。

 

現像もしたことがないのに引伸機を買って商売をはじめてしまう山っ気もいいし、何度現像してもフィルムが真っ黒というのがいい。明るいところでフィルムを抜いて、明るいところで現像から水洗までやっているのを思い浮かべてみると、いかにも間抜けな感じで、そこもいい。それなのに、技術書の著者の書き忘れを指摘しているのも、とぼけていていいんです。


あれ?感光してしまったのならフィルムは真っ黒ではなく真っ白というかすぬけじゃないの?というか暗室って書いてあれば暗い部屋ってわかるでしょ?と思わないでもないけれど、そんなところも味わい深くて、さらにいいのです(笑)


「あたりまえのことは、うっかり書き忘れてしまう」というのは、たしかにそのとおりで、たとえばデジタルカメラにはメモリーカードが必要というようなことは、いちいち書いてなかったり、書いてあっても読み飛ばしてしまったり。気をつけないといけないなと思う指摘でもあります。


そのほかには、暗室をやっていたら「写真道楽を覚えるとは何事か」とおやじにしかられたという、植田正治のエピソードなども好きです。

 

そのころ、私の町で写真をやっている人といえば、金持ちのだんなさんぐらいで、ベスト単玉が日本を席捲した当時でも、まだまだ普及率は低いものであった。いわんや、中学生の青二才が写真をするなんて、とんでもない。という次第で、おやじとしては「オンナ」と「バクチ」といっしょに、財産を減らす道楽と考えていたのは、当然であったろう。

 

植田正治のエピソードは、昭和3年(1928年)頃の話。前述の富山治夫のエピソードは、おそらく昭和32年(1957年)頃の話。それぞれのエピソードから、時代性の違いも浮かび上がってきます。


本書が出版された1976年という時期も、この企画を興味深いものにしているのかもしれない。本書に登場する写真家の、次の世代による同種の企画も読んでみたかった気がします。そして、次の次の世代の同種の企画も。とはいえ、デジタル時代の現在、同じ企画を立てても成り立つかどうか。どうでしょう。


本書に登場する35人とタイトルを目次から引用しておきます。それぞれのページには顔写真も載っていて、当然ながらみなさん若い!そんなところも見どころかもしれないですね。

 

秋山庄太郎 ローライコードで写真開眼
荒木経惟 センチメンタルな二枚の写真
稲村隆正 ローライの四角サイズで勉強
岩宮武二 東郷カメラの実演を毎日見学
植田正治 懐かしい中学時代のパーレット
上野千鶴子 中古キヤノン二台でプロ入り
大倉舜二 年上のKOLIBRI
大竹省二 バルダシックスで月例二等
大束元 写真知識ゼロで宝塚美人初写し
北井一夫 写真学校の宿題にキヤノネット
小久保善吉 目測撮影の訓練にパルモス
佐藤明 思い出いっぱいフォス・デルビー
沢渡朔 女優と相撲をリコーレフで
篠山紀信 マーキュリーで幻燈大会
高梨豊 リッチレイを高校生の小遣いで
立木義浩 ジェームス・ディーンとニッカ
田中光常 借用キャノンIIDで写真熱中
丹野章 ボール紙カメラ自製が初体験
東松照明 写真事始めは恋人の撮影
富山治夫 なにも知らずにDP屋開業
土門拳 キャビネ組立てで速写の伝訓練
内藤正敏 夢にまで見たマルソーカメラ
長野重一 名取さんのローライコード
中村正也 故障に悩まされたレフコレレ
中村立行 ミノルタレフの匂いに感激
奈良原一高 河原崎長十郎から大目玉
西山清 ベス単で平和博覧会最高賞
林忠彦 ピコレットで少年時代から商売
深瀬昌久 人生コースを変えたパールII型
細江英公 「ポーディちゃん」が進路を決めた
三木淳 思い出のコダックベストR.R.
緑川洋 模型飛行機の記録が最初
森山大道 スタートカメラでスタート
渡辺義雄 使いこなしたミノルタレフ
渡部雄吉 いきなりライカで撮影命令

 

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