top コラム書棚の片隅から7 名取洋之助『写真の読みかた』

書棚の片隅から

7 名取洋之助『写真の読みかた』

2022/07/18
上野修

かつて、岩波新書の名取洋之助『写真の読みかた』は、多くの古本屋の均一台で簡単に見つけることができた本でした。私の手元にあるのは、第19刷で、定価380円。1980年発行のもので、新本ではなく、おそらくそんな古本屋で入手したものだと思います。
 

第1刷は1963年で、検索してみると、2004年の第31刷、税込定価858円まで見つかりました。現在は品切れのようですが、かなり売れたロングセラーだったことは間違いないでしょう。

 


 

冒頭の「はじめに」を抜粋してみましょう。

 

 私がこの本でお話したいのは、写真の写しかたでも、写真の化学的な説明でもありません。写真——新聞紙上で、雑誌の誌面で、今日の世界に生きている人たちほとんどの目に、毎日かならずふれている写真——を見る人のための、写真の話をしようと思います。
 今日の社会では、カメラをいじる人の数より、写真を見るだけの人の数の方が、はるかに多いようです。写真を見ない日は、一日とてもないほどです。新聞に、雑誌に、本に、ポスターに、ショウ・ウィンドウに、いたるところに写真が横行しています。

 

 このように、たくさんの写真が私たちの周囲で使われ、私たちが毎日、写真を読むことを強いられていながら、これまで、写真の読みかた、見かたの立場から、写真を論じた本がなかったというのは、おかしな話です。写真に関する本といえば、写真の技術、写真の化学的な問題や光学的見地に立って見たものばかりです。けっして、写真を見る人の側からのものではありません。

 

当たり前のことしかいっていないように感じますが、半世紀以上前に、写真の見方、読み方を説こうとしているところが新しいわけです。当時は、写真の技術的な指南書ばかりだったということですね。

 


 

ところで、この「はじめに」が記されたのは1958年。発行のかなり前です。なぜ、発行がそんなに後になったのか。その事情が、木村伊兵衛と犬伏英之による「あとがき」に記されています。

 

 『写真の読みかた』の企画がはじまったのは、多分、今(1963年)から一〇年近くも前のことだと思われる。名取さんが岩波新書の原稿を一応まとめあげたのは、一九五八年であった。この頃の新書の近刊予告に「写真のみかた」と出たことがある。しかし、およそ二百枚の原稿は、名取さんに不満があった。近刊予告まで出たにかかわらず執筆者の手元にとどまった。

 

原稿が未完のまま、1962年に名取は他界。名取夫人をはじめ、出版を望む周囲の意向で、岩波写真文庫の編集者であった犬伏と木村が整理して仕上げたのが、この『写真の読みかた』だったのです。

 


 

経緯を補足しつつ、目次を紹介してみましょう。

 

はじめに
I 写真の読みかた(1958年執筆の大部分)
 1 写真は正確か
 2 写真の嘘と真実
 3 記号としての写真
 4 これから写真はどうなるか
II 私の経験とカメラマンたち(他の出版社のために1953年頃執筆した原稿の一部)
 1 演劇青年からカメラマンへ
 2 ヨーロッパの報道写真
 3 日本工房の設立
III 二つの実例
 1 組写真の基礎的技術(『アサヒカメラ』1958年11月号初出)
 2 編集技術からみた「自由を求めるハンガリアの戦い」(I の原稿の一部)
IV 名取洋之助メモ(編者と小林勇が作成)
あとがき

 

「はじめに」の最後で、名取はこう述べていました。

 

 そこで、私が書こうなどと偉そうに思ってはみましたが、私自身、写真を写す側の立場、写真を見せる編集者として二十余年を過ごしてきましたので、見る立場にすなおに立てるかどうか、ちょっと心配です。しかし、マスコミュニケーションを正しく理解するためには、私たちが写真の見かた、読みかたを知ることは、たいせつなことだと痛感しますので、はじめての試みとして、この本をまとめてみました。
 これから先、こういう立場から見たもっとすぐれた本があらわれることを心から望みます。

 

名取の望みどおり、その後、写真の読み方を掘り下げるような本が登場したかというと、そうではありませんでした。その理由のひとつは、名取の主張の根底を揺るがすような潮流が生まれていたことでしょう。たとえば、1960年の、いわゆる「名取・東松論争」で、東松照明は名取を次のように批判しています。

 

……報道写真という言葉が持つ重量感は、すでに過去のものである。かつて、ドイツから日本に報道写真の理論を輸入した最初の人が名取氏だったとすれば、その功労に敬意を表することを惜しむものでは決してない。しかし、写真の動脈硬化を防ぐためには「報道写真」にまつわる悪霊を払いのけて、その言葉が持つ既成の概念を破壊することだと僕は思う。(「僕は名取氏に反論する」『アサヒカメラ』1960年11月号)

 

こうした背景や経緯を踏まえると、『写真の読みかた』は、未完であるうえに、厳しい批判にさらされつつも、長期間にわたって写真の見方、読み方のスタンダードに位置づけられてきた新書といえるかもしれません。


解釈が決まっている説明的な写真はつまらない、写真は言葉で語れない、読めないと指摘するのはたやすいですが、写真と言葉の関係を構築的に展開していくのは、昔もいまも困難な仕事です。今日こそ、『写真の読みかた』のような構築的な仕事が、ふたたび注目されてもいいように思います。

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