top コラム書棚の片隅から11 『木村伊兵衛読本』 その3

書棚の片隅から

11 『木村伊兵衛読本』 その3

2022/12/05
上野修

いうまでもなく、木村伊兵衛は、ライカ使いの名手として有名ですが、『木村伊兵衛読本』には「ライカ以前のカメラ遍歴」という、興味深い文章が掲載されています。今回は、この文章を取り上げてみようと思います。
 

 

ライカ以前、営業写真館を開いていた木村は、肖像写真や記念写真を密着焼きですませるため、大型組立カメラを使用していたといいます。
 

では、その時代、一般のアマチュアはどのような写真をやっていたのでしょうか。少々長くなりますが、木村による紹介を引用してみましょう。

 

 その頃の写真の傾向は、いわゆる芸術写真で、絵画の模倣の時代であった。イギリスにおいてもつとも盛んであり、写真のもつメカニズムとか、レンズ・アイを無視した傾向の写真を作っていたのである。展覧会出品の引伸は、もちろん当時でも、全紙に引伸をしていた。その方法は、ゴムとかブロムオイル、カーボンなどのピグメントによる印画法を用い、撮影した原板からストレートに引伸すという方法に依存せず、作者の主観を入れた特殊な印画法を作りあげていた。つまり原板は印画を作る土台にしか過ぎず写真を作ることは取りもなおさず引伸技法であったわけだ。肉眼でみるよりもレンズを通して人の顔をみると、顔のシミとかシワがはつきりみえる、これは肉眼でみるのとは違うからウソではないか、という態度をとつていた。従って、レンズのシャープに写る性質をさけて、光と影によって対象をボカすという、今日では考えられぬことをしていた。そのため、レンズの視野も肉眼に近い15~20度ぐらいのものを必要とし、と同時に鮮鋭でない軟焦点レンズとしてベリト(このレンズは映画用として作られ、後普通写真用が出来た)、ポートランド、カロサット(水晶玉を磨いたレンズ)、ニコラペルシャイト、ダルメヤー・ソフトフォーカスなどが製作され、軟かいフレァーで細かい描写を省略し、現実とかけ離れた甘美な写真を作ることを容易にした。

 

写真史のなかではピクトリアリズム(芸術写真)として登場する潮流の話ですが、同時代にそれを見た木村の記述は、技術的な話も盛り込まれていて実感がこもっています。「レンズ・アイを無視した傾向の写真を作っていた」、「今日では考えられぬことをしていた」といった、やや強い表現には、芸術写真への批判が感じられます。

 


 

カメラが進化し、一眼レフが台頭してきたときの写真表現の変容については、次のように書かれています。

 

 こうしたカメラ工業界の進歩につれて、一眼レフを使う写真家が多くなり、肉眼と同じ角度で撮影するために望遠レンズをつけるようになってきた。一眼レフとそのレンズのわが国にもたらした影響も大きく、福原信三氏を中心とする「光とその階調時代」を作りあげた。対象を眼で見た角度と同じように現わし、それに当る光のニュアンスを追求するという絵画の印象派の画風の精神によったといわれている。現在でもその主流は日本写真会の品に残っている。その当時はイギリス系の手札サイズの一眼レフに、ロス社のテレ・ロス、テレセントリック、ダルメヤのダロン、ニューラジァアドン、ホクトレンデルのテレ・ダイナなどの12インチF5.5程度の明るさをもつ望遠レンズを活用し、ピグメントによる印画法をとらず、ストレートで引伸していた。

 一方コダックからベスト・カメラとハンド・カメラが発売され一般アマチュアの写真も次第に盛になってきて、いわゆる“ベス単時代”の到来となる。このカメラを使っている人々の間に、「光とその階調」やピグメント印画法による風景写真に対抗し、新しい写真のあり方をつかむべく、非常に主観の強い制作態度をとって、絵画的なものに文学的な要素を含んだ写真を作る運動が活潑化された。

 

ここでの一眼レフとは、ソホフレックスやグラフレックスのことです。『木村伊兵衛読本』は1956年の本ですから、現在私たちが想像するような35mm一眼レフの時代は、まだ到来していないのです。

 

 

木村による、こうしたライカ以前の話を読んでいると、作品だけを見ているとわからない部分、つまり、カメラの変化によって、写真表現が変容していったことが感じられるのではないでしょうか。そして、ライカ登場の衝撃も、よりリアルに感じられてくるように思います。

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