前回、前々回と土門拳の『風貌』を紹介してきましたが、今回も引き続き『風貌』を紹介したいと思います。
今回紹介するのは、2008年に出版された講談社文芸文庫版です。講談社文芸文庫は、文学や文芸評論をメインとした叢書で、もともとは肖像写真集であった『風貌』のエッセイ部分がこの叢書から出版されるというのは、なかなかすごいことではないでしょうか。達意の名文家といわれた土門拳ならではの一冊であるように思えます。
とはいえ、『風貌』の写真がまったくないわけではなく、巻頭に16点が収録されています。講談社文庫版とは、かなりトーンが違っていますね。
エッセイは、54人分の抄録です。目次を見てみましょう。
I 風貌
田中館愛橘
尾崎行雄
幸田露伴
藤原銀次郎
志賀潔
鈴木大拙
徳田秋聲
喜多村緑郎
土井晩翠
島崎藤村
川合玉堂
十四世 喜太六平太
上村松園
三代目 中村梅玉
高木貞治
柳田國男
長谷川如是閑
二代目 實川延若
鏑木清方
野口兼資
正宗白鳥
永井荷風
會津八一
坂本繁二郎
斎藤茂吉
阿部次郎
高村光太郎
朝倉文夫
小林古徑
志賀直哉
安田靫彦
六代目 尾上菊五郎
初代 中村吉右衛門
山田耕筰
富本憲吉
谷崎潤一郎
松本治一郎
梅原龍三郎
辰野隆
和辻哲郎
仁科芳雄
福田平八郎
十四世 千宗室
井伏鱒二
吉田一穗
川端康成
宮本百合子
小林秀雄
武田麟太郎
イサム・野口
田村秋子
湯川秀樹
高見順
市川海老藏
II 私の美学
唐招提寺について
平等院について
松香石について
竜安寺石庭について
室生寺について
中尊寺について
水滴を買う
海老錠について
釘隠しについて
懸魚について
白粉とき水入れについて
断文について
写真と想像
III 社会への眼差し
『ヒロシマ』はじめに
るみえちゃんはお父さんが死んだ
「歌」をうたわない子供たち
穴のあいたうどん
ごはんも食べずに泣いていた子
IV 芸術論
自分のこと
デモ取材と古寺巡礼
梅原龍三郎を怒らせた話
文楽私語
やきもの開眼
V 風景論
風景写真雜感
回想の室生寺
手でつかめる風景
解説 酒井忠康
年譜 酒井忠康
著書目録 小川卓
このように、『風貌』のエッセイをメインにしつつ、社会、文化、芸術、写真など、さまざまなことがらを語ったエッセイを編んだ構成になっています。本文ページにも数点写真が掲載されており、これはこれで味わいがある気がします。
解説には、土門拳の写真と文章の関係について、次のように記されています。
しかし、文章の魅力といっても、そこだけを取り出して肝心の写真のほうを無視していいのかといえば、それはおかしい。やはり、写真家・土門拳の文章であるといわなければならない。
ちょっと距離をとって写真と文章の関係を、たとえば小説と挿絵の「文主画従」の関係に置き換えられるのかといえば、それは違う。写真と文章の二役をこなしているのであるから「写主文主」である。考えてみれば、その写真の強烈な印象と同じで文章だって土門拳の心の活動、思索の運動とつながっているのである。だから二つは切り離し難いものでもあるといえる。
『風貌』のエッセイのみをメインに読むのは、なかなか興味深い経験です。この講談社文芸文庫版『風貌・私の美学』を読んだ人が『風貌』のエッセイの魅力に触れ、それがきっかけで写真集『風貌』を手に取るようなこともあるかもしれません。そんなことが起こりうるのも、いわば二刀流「写主文主」の名文家、土門拳ならではだといえるでしょう。
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