昔の雑誌の面白さは、なんといってもユルい記事や対談が多いことでしょう。
『木村伊兵衛読本』を捲っていて、よく出てくるのが、水虫の話です。隠すような話ではないでしょうが、わざわざ言及するような話でもないように思われます(笑)。現在だったら、こういうエピソードは、ほぼカットになるのではないでしょうか。今回は、この水虫の話をピックアップしてみましょう。
まずは、大竹省二・三堀家義・樋口進による座談会、「戦後派作家のみた木村伊兵衛」の「珍談とりどり」というコーナーより。
樋口 珍談といえば、地方へ出かけたときなど仕事が終って、宿へ帰ると、金だらいにクレゾールを水に溶かしたのを入れて、水虫の治療だよ。それで朝五時ごろ起されるんだもの。夜になると、田沼よ、タヌちゃんよというんでクレゾールを金だらいに入れて持っていく。それに足をつけて水虫退治、そればかりだよ。(笑)たまに夜町へ出かけても変なお茶の道具なんか買い込んで、あの時分昭和二十二年ごろ、三千円もするのを買い込んでさ、お茶はいいもんだななんていってる。(笑)木村さん、ちっともお茶のことなんか知りゃしませんよ。(笑)金だらいに足をつけちゃ、玉露はいいね。(大笑)ほんとですよ。しかし木村さんは遊びなんかできないよ。口でいうだけで。(笑)またわれわれ若い者にも、そう戒しめますよ、冗談は口でいってりゃいいんだと。(大笑)
三堀 木村さんは水虫にはほんとに悩まされるらしいね。いつか穴のうんとあいてるクツを買って来て、これは水虫にいいんだとはいてたじゃないか。木村さんはすぐだまされるんですよ。あのときも、しばらくはいてたがやっぱりムレて、水虫がなおらないといって、あのクツやめたんですよ。(笑)
金だらいを知っている世代なら、光景が目に浮かぶようなエピソードです。時代性もうかがわれますね。
「三脚かついで おでしの書いたおやじの話(写真・文 田沼武能)」には、次のような描写があります。
朝訪ねても、夜訪ねても必ずといつてよい位、お膳の前にあぐらをかき、水虫をいじつている。この水虫が実に悪性で、どんな薬をつけてもなおらぬ奴という代物。私も一緒に旅行をしている時代にうつされてしまい、難儀をしている一人である。二十年も三十年も水虫をやっていると、もう日課みたいなもので、いぢらないと忘れ物をしたようになるらしい。ピンセット、ハサミなどをいくつも並べて治療している恰好は、いかにも楽しそうである。
「水虫をいぢつていない時は、写真機を一ぱい広げて、磨いてはのぞきして楽しんでいる」とのことで、つねに水虫と写真機のどちらかを熱心にいじっている姿を想像すると、けっこうイメージが変わります。
この記事のなかにカコミで「夫を語る 妻の座 大好物の八丁味噌 木村久子」が登場しています。
たべものはうるさい方で、ああだこうだといいますが、私は余り構いません。味噌汁は八丁味噌(愛知県岡崎市から産出する鹹味噌で、長期保存ができる)しかたべないのには閉口です。私はあんなものは、とってもたべられません。持病の水虫も齢とともにだんだん軽くなりました。(談)
「このごろは現像とスポッティングは私と尙子(次女)の仕事で、引伸だけは自分でやるときが多いですね」という記述もあり、家族が手仕事で暗室作業をやっていることがわかります。
水虫をはじめとした、ここで紹介したような一連のエピソードは、写真作品に関係ないといえば関係ないですが、知ってしまうと、作家としての木村伊兵衛の印象も、ちょっと変わってくるような気がします。
私たちは、写真作品を見ているようで、思いのほか、こうしたエピソードの影響を受けているのかもしれませんね。
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