写真の文庫シリーズとして、もっとも有名なのは『岩波写真文庫』でしょう。
B6判で中綴じという造本のなかに、200枚前後の写真をつめこんだ『岩波写真文庫』の刊行がはじまったのは、1950年。ほぼ毎月3冊というハイペースで出版され、1958年の終刊まで286冊が刊行されるヒット企画となりました。
1954年の岩波書店のPR誌『図書』には、次のように記されています。
岩波写真文庫の異常な売行きが業界で話題になっておりますが、一方、近頃むやみに類似品も現れてまいりました。眼でみる本の流行だよと同列に片付けられない何ものかを、こういうものを最初に始めた私たちは常に持って進みたいと努力いたしております。
この記事のあとの1955年に登場した『河出新書 写真篇』は、「むやみに現れた」と形容される「類似品」のひとつだったと思われます。手元にある『河出新書 写真篇』に掲載されているリストをもとに調べてみると、「1 皇太子」から1956年刊行の「50 茶碗」まで確認することができました。参考までに書き出してみましょう。
1 皇太子
2 現代のいけばな
3 ソ連うらおもて
4 美術にあらわれた女体美
5 高峰秀子
6 夏山への招待
7 浮世絵
8 新劇50年
9 現代イギリス映画
10 マンボへの誘い
11 茶道
12 撮影所拝見
13 現代の絵画
14 国宝
15 虫の四季
16 現代フランス映画
17 戦後10年
18 動物園
19 護身術
20 現代日本映画
21 峠と高原
22 愛の三輪車
23 東京24時間
24 いけばな入門
25 女体の美学
26 現代アメリカ映画
27 鳥の四季
28 緑の魔境
29 プロ・レスリング
30 東京の大学
31 女性の魅力教室
32 スキー入門
33 冬山への招待
34 想い出のフランス映画
35 航空機
36 現代のフォトアート —ヌード篇—
37 聖書物語図絵
38 相撲
39 北極ものがたり
40 原子力
41 考古学入門
42 現代のフォトアート —リアリズム篇—
43 盛花投入
44 現代のフォトアート —ポートレート篇—
45 美術のながれ
46 近代野球 技術と見方
47 現代のフォトアート —風景篇—
48 歌舞伎俳優
49 平家物語図絵
50 茶碗
後半になると、「現代のフォトアート」という指南書シリーズが登場します。1950年代半ばということで、カメラブームに対応した企画でしょう。
発行は、「ヌード篇」が1955年12月、「リアリズム篇」が1956年1月、「ポートレート篇」が1956年2月、「風景篇」が1956年3月。毎月一冊出ていたということですね。定価はいずれも100円で、『岩波写真文庫』と同じです。
当時の100円はどのくらいの価格だったのでしょう。国家公務員の大卒初任給が8,700円、映画の平均入場料が5、60円、ネオパンSSのブローニーフィルムが170円という時代です。安くはなかったでしょうが、がんばってカメラを買い、フィルムを買ったアマチュア諸氏にとっては、それなりに手頃な価格だったかもしれませんね。
「ヌード篇」と「リアリズム篇」は、これまでに幾度となく紹介してきたので、今回は、「ポートレート篇」と「風景篇」を紹介してみましょう。
「ポートレート篇」の監修は、渡辺勉。次のような巻頭言からはじまっています。
写真の創生紀にもっとも多く撮られた被写体は人物だった。そして初めて写真機を手にとる人がまず撮影を心がけるのは身近な人のポートレートであろう。文学が人間を描くことに主眼を置くように、写真によって写し出される人間の個性はやはりいろいろな意味での深い興味につながる。本篇は写真の中で一番巾の広い人物写真についていろいろな角度から見ていただこうとするものである
このような格調高さというか、堅苦しさは、シリーズに共通するものでもあります。「ヌード」「リアリズム」「ポートレート」「風景」と並べてみるとわかるように、写真のジャンル分けは、昔もいまも、一筋縄ではいかないものがありますが、「ポートレート篇」でも、その難しさについて言及されているのが興味深いですね。
写真のジャンルは大まかにいえば、報道写真、芸術写真、宣伝写真の三つになる。人物写真の場合も、報道的人物写真、芸術的人物写真、宣伝のための人物写真という風に大別することができる。しかしながら、写真における報道性と芸術性は、たいへん密接な関係におかれているので、ある場合は芸術的人物写真であると共に報道的人物写真であり、ある場合は宣伝のための人物写真でありながら、多分に芸術的な人物写真ということもあり得る。だから実際には、その区別は容易ではない。
「風景写真篇」の監修は、重森弘淹と福島辰夫。こちらも、ジャンルについての言及からはじまっています。
アマチュアにとって何故「風景写真」は撮り憎いのだろうか。この問いのなかには、いろいろの問題がこめられているように思われる。せんだって機会があって二つのアマチュア団体を訪ねたとき、「風景写真というものの良さもわかりませんし、撮りたいとも思いませんね」とハッキリ云った人がかなりあったのである。(重森弘淹)
風景写真に対する写真界の興味がたかまって来たのは、ここ一、二年のことである。「新しい風景写真」とか、「生活のある風景」とか、さかんに云われるようになったが、それが、口先だけの掛声や、合言葉でなく、写真家たちの作品のなかに、新しい要素として出て来ていることが大切なことである。(福島辰夫)
カメラブームでカメラを手に入れたアマチュア諸氏は、どんな思いでこうした指南書を捲り、どのような自己を育んでいったのでしょうか。そんなことをつい考えてしまうシリーズでもあります。
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