top コラム書棚の片隅から19 土門拳『風貌』講談社文庫

書棚の片隅から

19 土門拳『風貌』講談社文庫

2023/08/28
上野修

講談社文庫版の土門拳『風貌』は、昭和52年(1977年)6月に発行されています。「本書は写真集『風貌』(アルス社・昭和28年刊)の再録である。文庫版では正篇、続篇、続々篇から成る」と注釈に書かれており、続篇は昭和53年(1978年)5月、続々篇は昭和53年(1978年)6月に発行されています。
 

正篇と続篇の発行時期が空いていますが、正編が好評だったので、続篇、続々篇が出たのでしょうか。私が持っている『風貌』の正編は昭和54年(1979年)第4刷なので、第1刷の注釈の続篇、続々篇についての記述の有無を見れば、そのあたりの事情がわかるかもしれません。

 


 

本書の目次は下記のようになっています。

 

尾崎行雄
志賀直哉
志賀潔
梅原龍三郎
永井荷風
島崎藤村
湯川秀樹
藤田嗣治
幸田露伴
レオニード・クロイツアー
上村松園
柳田国男
鏑木清方
小林秀雄
尾上菊五郎
井伏鱒二
宮本百合子
中村梅玉
小林古径
川端康成
水谷八重子
斉藤茂吉
喜多六平太
中村吉右衛門
滝沢修
千宗室
勅使河原蒼風
小原豊雲
市川海老蔵
会津八一
高村光太郎
肖像写真について
梅原龍三郎を怒らせた話
女の写真
保田万太郎の鼻
肖像写真について

 

収録されている31名の肖像写真には、それぞれ撮影記が付いています。そのほか巻末に、肖像写真をめぐるエッセイが収録されているという構成です。

 

 

土門拳は達意の名文家といわれているように、撮影記やエッセイはとても読み応えがあります。たとえば小林秀雄の撮影記は、次のようにはじまっています。

 

 日は真暗に暮れてしまい、雨は今はもう暴風雨になっていた。赤土のぬるぬる滑る坂道を手さぐりに登って、やっと小林さんの軒下へ飛び込んだ。玄関の呼鈴を押した時は、丁度七時だった。実は、三時にはこの呼鈴を押していなければならぬ筈だった。

 

このエピソードだけでも、臨場感に満ちていますが、閃光電球のスイッチを押した瞬間にヒューズを飛ばしてしまったアクシデントなどの展開に、ぐいぐい引き込まれてしまいます。撮影後のオチにもニヤリとさせられます。

 

事実、その夜も、撮影が終わると、青い瓶と小さなグラスが出された。青い瓶の琥珀色の液体は、舌にトロリと甘かったが、僕たちは一杯だけで早々に退散した。小林さんは、酔うにつれて人にからみ出す、と聞いていたからだった。

 

このように、肖像写真に負けず劣らず撮影記も人物を活写しているのが『風貌』の魅力といえるでしょう。有名な「梅原龍三郎を怒らせた話」も収録されている本書は、読物としても楽しめる一冊になっています。
 

ところで、本書のカバー折り返しのそでを見ると、「講談社文庫AT」シリーズのリストが載っています。「講談社文庫AT」とはアートのビジュアル本シリーズのようです。最近は少なくなってしまいましたが、文庫版のビジュアル本、私は好きです。

 

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