わたしは、カメラミステリーの、「谷中レトロカメラ店の謎日和」という小説の作者です。この話を最初に書くときに、舞台だけがカメラ店で、あとはカメラが何の関係も無いような話を書くのはやめようと思っていました。ということで、「谷中レトロカメラ店の謎日和」シリーズは短編集なのですが、トリックには全部カメラと写真が関係しています。
よく聞かれるのが、「こういうカメラを出したいからこの話にした」のか、「話はすでに決まっていて、あとでカメラを決めた」のかという点です。これは、ほとんどが前者で、大体9:1くらいで「こういうカメラを出したいからこの話にした」場合が多いです。カメラにはそれぞれ魅力的な機能があるので、それを核にして膨らませていくような感じで話を作っていきます。
割合は少ないのですが、「話はすでに決まっていて、あとでカメラを決めた」例もあります。これは、わたしが机の上でどれだけ調べようとも、ずっとカメラの世界で生きてきた人とは経験値がまるで違うので、話の筋上、専門家の話を聞いてから書こうと、話の骨組みだけを先に作っておいたケースです。
・主人公が、片思いのヒロインを撮る。
・片思いのヒロインと、二人きりで遠出するのははじめてなので、めちゃくちゃ気合いが入っている(のを気付かれないように隠している。でもカメラ好きには、ほう、なるほどね、と、その気合いの程がわかるようなカメラ)
・カメラはたくさんあって、よい機種もたくさんあるけれど、主人公はたぶん王道中の王道を選ばないタイプではないか?
(この条件、みなさんだったら何のカメラを選びますか?)
以上を踏まえて、わたしは日本カメラ博物館に出かけていき、カメラの専門家である学芸員さん達をつかまえて「ずっと好きな人と、二人きりで初めて遠出する。その出先で撮るときに、何のカメラを使います?」と聞いてみたのです。
日本カメラ博物館には、カメラがそれこそ棚にずらっと並んでいるので、見ながら、ああでもないこうでもないと話していきます。
「やっぱり中判ですかねえ」「ですねえ」「そうですねえ」
「彼はハッセル……ではないと思うんですよ」「ああわかる気がします」などと言いつつ、いろいろ話しながら、専門家の意見として出てきたのが、プラウベル・マキナ67でした。四角く、大きく、蛇腹の。
あのアラーキーも石川直樹も使っていたプラウベル・マキナ67。ハッセルはとても有名なので、良さも凄さもみんなが知っているけれど、プラウベル・マキナ67は、カメラに関心が無い人は知らないけれど、カメラ好きなら知る人ぞ知る名機なのではないだろうか。「主人公は片思いの子を撮るのにマキナを使った」なら、なるほど納得フフフ、となるだろうと。
マキナが出てくるその話は、わたしもとても好きな話となりましたので、よかったら探してみてください。
わたしがカメラものを書くときには、経験値がない分、とにかく調べます。どんなカメラなのか。どんな人が、どう使っているのか。撮れた写真はどんな感じになるのか。実物も触らせてもらって、感触をよく覚えておきます。
でもですね、調べれば調べるほど、欲しくなるんですよ。目をつぶったら目の前にマキナを立体で出せるほどに調べるんですが、四六時中、マキナ欲しいな……欲しい……と悶々としながら書きます。
欲しいなあ、と思っていたら、ベテランのカメラマニアであるPさんが、マキナ67を貸してくださるということで、いそいそと借りにいきました。わたしは普段、物の貸し借りは安いものでも絶対にしない方です。だって何かあったら大変ですから。高いカメラならなおさらです。でも勢いよく「お願いします!」と言ってありがたくお借りしました。どうしても触ってみたかったのです。
マキナの扱い方は独特です。普段はお弁当箱のような雰囲気なのですが、撮るときには蛇腹を前に出して使います。蛇腹を出して歩いてはいけません、歪んでしまうので。きちんと仕舞ってから歩き始めます。ピントの合わせ方も、フィルムの入れ方も教えてもらいました。そのとき、6×7の写真を初めて撮りました。6×7のフォーマットが、苦手な人は苦手なようですが、わたしは好きですね。
マキナをお返しして、ますます欲しいという気持ちが高まっていたら、そのPさんが、「ある店で良いマキナ670があった」と言うのです。「フードもレンズキャップもグリップも揃っていて、あそこまで状態がいいのは珍しい」聞いたその場で、出先だったので駅のホームでHPからメールを送って、取り置いてもらいました。
その店こそ、流山のフラッシュバックカメラでした。フラッシュバックカメラは、わたしの周りにいるカメラ歴の長い人々が、こぞってみなさん推すカメラの名店です。
それでも、人には器というものがあると思うんです。それはカメラにもあって、値段もそうなのですが、自身のレベルにはマキナはまだ不相応なようでもあるし、腕はいまいちなのにカメラだけはいいねっていうのもアレだし、中判なのに撮る写真が鳩とか、道端の何かというのもどうなんだろう、この名作カメラに申し訳なくないの? とも思うし、うじうじ考えているうちに銀行に行って23万円(当時)を下ろし流山に向かっていました。
触るともうだめですね。あのマキナがわが手中に……と思うと。
人生一回です。これを年割り、日割り、時間割りで計算していったら、十円とか二十円になる計算です。ヤアーーーーッ!という感じで財布のお札を全部出して購入しました。
愛用のプラウベル・マキナ670。大事にしています。レンズフードをつけて斜め横から。特徴的な蛇腹です。
畳むとこれだけ薄くなります。
使ってみてマキナの良いところは、フィルム装填がとてもやりやすいことです。わたしはカメラを買って最初の一本は、フィルム装填でよくつまづきます。撮れたと思ったら撮れてなかったりも。それでも、マキナで失敗したことは一度もありません。蛇腹を畳めばほんとうにコンパクトになるというのもありがたい。ストラップで提げるときには、ポシェットのような雰囲気で、腰骨のところで安定します。重みはそれなりにあるのでしょうが、持ち歩くときの重心でしょうか。薄いからでしょうか。重いとは不思議とあまり感じません。
巻き上げはダブルストローク。ピント合わせも、シャッターを囲むようについた大きなつまみを回して合わせます。
なぜP氏の言葉を聞いて、すぐに取り置きしたのかというと、マキナの修理はとにかく手間がかかり、今ではなかなかやってくれるところも少ないのだそう。だから、買うときにはとにかく状態のいいものを、と教えてもらっていたからです。結果、露出計含め、今も動作は快調です。
なかなか画面越しにお伝えしにくいところなのですが、マキナでポジフィルムを撮ると、とても幸せな気分になります。なぜ画面越しで伝えにくいかというと、ポジフィルムを目の前で見た感じを、そのままスキャンしようと思っても、なかなかできないからです。(なぜでしょうね? ポジフィルムを透過する光のせいでしょうか)
プラウベル・マキナ670は、まだ持ち出すのに、ちょっと緊張するカメラではあります。柊がマキナを持って出ていたら、ああ今日は気合いが入っているらしいな、と思っていただきたい。
マキナで撮った椅子。なぜかなんでもない景色でも素敵に写る気がします。
大温室の中。
サボテン。
モノクロも好きです。
PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。