top コラムなぎら健壱の「遠ざかる町」第36回 自由が丘デパート

なぎら健壱の「遠ざかる町」

第36回 自由が丘デパート

2025/03/18
なぎら健壱

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・33mmで撮影・絞りF5.6・1/640秒・ISO100・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

 

自由が丘は東京都目黒区の南端に位置する町である。目黒区と世田谷区にまたがっており、自由が丘駅には東急東横線と東急大井町線が乗り入れている。グルメとショッピングの町として知られており、飲食店はもとより、セレクトショップや雑貨店などを多く見かける。おしゃれな町として名高いと言っていいですかな。

 

その昔、自由が丘の地には田畑が広がっており、「荏原郡碑衾町大字衾字谷畑中」と呼ばれていた。この長い名前、なんて読むか、ですって? 碑文谷(ひもんや)と衾町(ふすままち)というふたつの地域を合わせたもので、「えばらぐん ひぶすままち おおあざふすま あざやばたなか」と読む。

 


 1927年(昭和2年)、現・東急東横線が開通して、その時誕生した駅の名前が「九品仏前(くほんぶつまえ)」駅であった。1929年(昭和4年)に駅名が「自由が丘駅」に改称された。そもそも自由が丘の名前は、自由が丘学園から取ったものである。そこで新駅名採用にあたって、舞踊家石井漠ら文化人たちが要望活動に奔走して、1928年(昭和3年)にこの土地を「自由が丘」と呼ぶようになった。

 


 で、その自由が丘駅の正面口を出てすぐ右手にあるのが、自由が丘デパートである。

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060) ・31mmで撮影・絞りF5.6・1/500秒・ISO100・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

戦後間もない頃、トタン屋根の簡易商店が立ち並び、ここで商売を始めた。要するに闇市と言われるものであり、都内だけでも結構な数の闇市が存在した。そして、戦後の物資のない時代を支えた。自由が丘の場合は1948年(昭和23年)に組織化され、やがてこれが母体となって、1953年(昭和28年)に地上2階、地下1階の鉄筋コンクリート造りの商業施設自由が丘デパートが出来上がった。

 


知らなかったのだが、自由が丘デパートは、日本で最初にデパートなる名称を名乗ったという。勿論、日本最初の百貨店(デパートメント)ではない。日本最古の百貨店は、江戸時代に「三井越後屋呉服店」を営んでいた「三越」である。「三越」は1904年(明治37年)に「デパートメントストア宣言」を行って業態を打ち出している。つまり自由が丘デパートは初めてのデパートではないが、名前にデパートを冠したということでは日本初なのであろう。

 

1970年(昭和45年)に3階と4階を増築して、他にも外壁の工事やエレベーターの設置などが行われた。

 


冒頭に自由が丘はおしゃれな町と書いたが、このデパートだけは時間が止まっているようで、昭和の時代を彷彿とさせてくれる。町をよく知っているがこのデパートの存在を知らない、あるいは一度も足を踏み入れたことのない方は、デパート内を歩くと一様に驚くに違いない。まるで思い描いたデパートとは違うものであろう。1階と地下1階には、衣類や雑貨などの物販店が並び、なんとなく下町然としている。

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・28mmで撮影・絞りF5.6・1/60秒・ISO800・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・40mmで撮影・絞りF5.6・1/60秒・ISO500・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

2階と3階は、飲食店エリアだが、3階は寂しい様相を呈しており、シャッター通りのような按配である。

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・51mmで撮影・絞りF5.6・1/60秒・ISO125・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・28mmで撮影・絞りF5.6・1/60秒・ISO1000・RAW  [撮影日 2025年3月14日]

 

 

今、自由が丘駅のホームからロータリーを見ると、右手の敷地で大々的な工事が行われているのが目に入ると思う。自由が丘デパートと道を挟んだ反対側になる。

 

RICOH GRⅢ・GR LENS 18.3mm F2.8・18.3mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF6.3・1/80秒・+0.3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2025年3月13日]

 

 

ここも商業施設のビルであったが、現在取り壊されて大規模な工事が進行中である。

 

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・28mmで撮影・絞りF5.6・1/250秒・ISO100・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

2023年11月から新築工事が始まり、2026年の竣工予定とのことである。地上15階地下3階、高さ約60mのビルが建つという。今、自由が丘駅前が大きく変わろうとしている中、自由が丘デパートだけが取り残されたような感じを受ける。先日友人と駅前を歩きながらこんな会話をした。

 

「自由が丘デパートって築70年だろ? 老朽化と言っていいよな」

「そうなんだよ。建て替えという話もあるんじゃないの?」

「だけど見てみなよ。自由が丘デパートってホームとくっ着いちゃっているぐらい隙間がないと思わない?」

「本当だ」

「と言うことは、工事するの難しいってことだよ」

「そうだよな、これじゃ、足場も組めないもんな」

 確かにそのとおりなのである。

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・34mmで撮影・絞りF5.6・1/500秒・ISO100・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

駅のホームから見てもくっついている。

 

 

RICOH GRⅢx・GR LENS 26.1mm F2.8・26.1mm(35mm判換算40mm)で撮影・絞りF5.6・1/50秒・‐0.3EV補正・ISO100・RAW[撮影日 2025年3月13日]

 

 

自由が丘デパートに対して再開発の話もあるのではなかろうか? しかしそれに対して諸問題もあるに違いない。前掲の会話のように取り壊し、そして新たなビルを建てるとなると、ホームとの間があまりにも狭い。それにビル自体の厚みがあまりないので、高層ビル建設は無理であろう。

 

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・28mmで撮影・絞りF5.6・1/500秒・ISO100・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

しかしいずれは建て替えなどが考慮されるであろう。そうなれば、益々駅前が変わってしまう。いや、自由が丘そのものが変わってしまうかも知れない。戦後の闇市を経て、自由が丘を見続けてきた自由が丘デパートは、時代のはざまで一体何を思うのであろうか? なんとなくこのまま残ってもらいたい気持ちもあるのだが……。

 

 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・28mmで撮影・絞りF5.6・1/60秒・ISO1000・RAW[撮影日 2025年3月14日]

 

 

 

 

 

 

 

 

◉今回の自由が丘デパートへのお供は…… 

Panasonic LUMIX S5・LUMIX 20-60mm F3.5-5.6(S-R2060)・RICOH GRⅢ・RICOH GRⅢx

撮影日は、2025年3月13日・3月14日

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

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