top コラムなぎら健壱の「遠ざかる町」第26回 早晩失くなる物②

なぎら健壱の「遠ざかる町」

第26回 早晩失くなる物②

2024/04/20
なぎら健壱

「町の残像」(日本カメラ社刊)

 

前回、早晩なくなるもの、つまり遅かれ早かれなくなるだろう景観を探して京島(墨田区)界隈を歩こうと思い立ったのだが、町を歩いていてすでになくなっているものが多いことに気づいた。そこでランダムに過去に撮った写真と、今との景観を定点で並べて紹介をした。今回はPART・2として、その続きを……。

 

①の写真は、日本カメラ誌に『町の残像』というフォトエッセイを連載していた時、2014年に掲載した元大衆酒場跡の写真である。

 


① OLYMPUS OM-D E-M1・M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mmで撮影)・絞りF6.3・1/1000秒・ISO200・-1.3EV補正・RAW[撮影日時 2013/11/01]

 

これはそれが一冊のまとめられた拙著『町の残像』の表紙にも使われた。

②が現在の定点写真である。

 


② Panasonic LUMIX S5・SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary・40mmで撮影・絞りF5.6・1/800秒・ISO100・-0.3EV補正・RAW [撮影日時 2024/03/13 15:40:07]

 

きっともう多くの人が、ここに酒場があったことも忘れられているに違いない。酒場が閉まってから、長い時間①の状態で哀れな姿をさらしていた。ちょっと前、「なぎらさん、あの京島にあるサビた看板の飲み屋、まだありますよ」とあたしに言った人がいた。「とっくになくなっていますよ」と答えると、その人物、「いや、あります」と言い張っていたが、何かの錯覚で残っていると思っていたのだろう。人間の記憶なんて曖昧なものだが、その人の心の残像には建物は存在していたのであろう。もしそうであれば、その人の記憶に刻まれていた、このかつての飲み屋は幸せだったと言うべきであろうか。

 

この例のように、特異な建物などは記憶に残っていける場合もあろうが、ほとんどの場合はなかなか記憶などに残ってはいけない。町はもの凄い勢いで変わっている、とは何回も書いたが、いや、町だけではなく、村も、山も、川も、それこそどこもかしこも大きな変貌を遂げている。それに対して人間の脳はもはやついていかなくなってしまっている。

 

町は常にマイナーチェンジをしている。気にしていなければ以前ここに何があったかも思い出せないことであろう。例えば、③の写真だが、こうした風景など変わりようがないように思われがちだが、実際は変わっているのが④の写真で分かると思う。

 


③Nikon D100・AI AF Nikkor 28mm f/2.8D・28mm(35mm判換算42mmで撮影)・絞りF3.3・1/1000秒・ISO100・RAW[撮影日時 2003/11/23 15:12:54]

 


④Panasonic LUMIX S5・SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary・42mmで撮影・絞りF6.3・1/160秒・ISO100・RAW [撮影日時 2024/03/14 16:12:31]

 

細かい部分などかなり違うが、平素この前を通る人も、まるでそのことに気がついていないはずである。

その先まで足を伸ばしてみよう。東武亀戸線の踏切の側にあった傘の看板である(⑤)。

 


⑤SONY Cyber-shot DSC-RX1・ZEISSゾナーT*レンズ35mm F2・35mm(35mm判換算35mmで撮影)・絞りF5.6・1/2000秒・ISO100・ -0.3EV補正・RAW [撮影日時 2014/10/14 14:01:42]

 

ありゃ、これもなくなっている。傘があった場所がサビているし、トタン全体のサビが増えている(⑥)。

 


⑥Panasonic LUMIX S5・SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary・70mmで撮影・絞りF5.6・1/1600秒・ISO100・-0.3EV補正・RAW [撮影日時 2024/03/13 14:58:58]

 

多分以前は傘屋さんだったのだろうが、営業を辞めて久しい。

 

そうだ、『ハト屋』はどうなっているだろう。以前覗いたときには、おばさんひとりが店番をしていて、話しかけると「主人は亡くなってしまったんですよ。店も続けられないと思います」と言っていた。昔はいろいろな種類のパンがあったのだが、あたしが知った25年ほど前からはコッペパンしか置いてなかった(⑦⑧)。

 


⑦Nikon D100・AI AF Nikkor 28mm f/2.8D・28mm(35mm判換算42mmで撮影)・絞りF4.8・1/80秒・ISO100・RAW[撮影日時 2003/11/23 15:18:13]

 

⑧Nikon D200・17-50mm F2.8 EX DC OS HSM・20mm(35mm判換算30mmで撮影)・絞りF8.0・1/45秒・ISO100・RAW[撮影日時 2006/06/26 14:50:18]

 

店は閉まっていた――やっぱり商売辞めちゃったんだね(⑨)。

 


⑨Panasonic LUMIX S5・SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary・37mmで撮影・絞りF6.3・1/160秒・ISO200・RAW [撮影日時 2024/03/14 16:23:12]

 

ところが後日談があって、店の前を通ると店が開いているのである。そしてコッペパンのメニューが書かれた看板があり、女性が店番をしている姿があった。どういうことか後で訊いてみようと思って10分後に戻ると、すでに店は閉まっていた――どういうこと?

 

その側にあった長屋の変遷を……(⑩⑪⑫⑬)。

 

⑩Nikon D200・17-50mm F2.8 EX DC OS HSM・20mm(35mm判換算30mmで撮影)・絞りF8.0・1/40秒・ISO100・RAW[撮影日時 2006/06/26 15:12:52]

 

 

⑪OLYMPUS OM-D E-M1・M.ZUIKO DIGITAL ED12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mmで撮影)・絞りF5.6・1/25秒・ISO250・-0.3EV補正・RAW[撮影日時 2014/02/05 15:47:28]

 

⑫SONY Cyber-shot DSC-RX1・ZEISSゾナーT*レンズ35mm F2・35mm(35mm判換算35mmで撮影)・絞りF5.6・1/40秒・ISO100・RAW [撮影日時 2014/09/26 16:01:53]

 

⑬Panasonic LUMIX S5・SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary・28mmで撮影・絞りF5.6・1/60秒・ISO100・-0.3EV補正・RAW [撮影日時 2024/03/13 15:18:38]

 

最後に、一番先になくなってもよさそうなゴミ箱を……。このゴミ箱、先の東京オリンピック(1964年)を期にポリバケツに取って代わった。これをリアルタイムで知っていればかなりの歳である。しかし10年以上前に撮ったこれがまだ残っているとは……(⑭⑮)。

 

⑭SONY NEX-5・E18-55mm F3.5-5.6 OSS・18mm(35mm判換算27mmで撮影)・絞りF5.0・1/40秒・ISO400・RAW [撮影日時 2010/11/26 15:33:24]

 

⑮OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 EZ・25mm(35mm判換算50mmで撮影)・絞りF6.3・1/60秒・ISO320・RAW[撮影日時 2024/04/16 15:10:44]

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

関連記事

PCT Members

PCT Membersは、Photo & Culture, Tokyoのウェブ会員制度です。
ご登録いただくと、最新の記事更新情報・ニュースをメールマガジンでお届け、また会員限定の読者プレゼントなども実施します。
今後はさらにサービスの拡充をはかり、より魅力的でお得な内容をご提供していく予定です。

特典1「Photo & Culture, Tokyo」最新の更新情報や、ニュースなどをお届けメールマガジンのお届け
特典2書籍、写真グッズなど会員限定の読者プレゼントを実施会員限定プレゼント
今後もさらに充実したサービスを拡充予定! PCT Membersに登録する