top コラムなぎら健壱の「遠ざかる町」第30回 いつの間にか見かけない②

なぎら健壱の「遠ざかる町」

第30回 いつの間にか見かけない②

2024/08/21
なぎら健壱

⓪Konica Digital Revio KD-500Z・8m(35mm換算39mm)で撮影・絞りF2.8・1/8 秒・ISO100・+0.3EV補正・RAW(撮影日 2003年6月16日)

 

 

このフォトエッセイの表題を「遠ざかる町」という――知っていますよね。遠ざかると言っても、A地点から徒歩や自転車、あるいは他の交通手段を使って離れて行くという意味ではない。以前見出しに「記憶から遠ざかる町」というのがあったが、ズバリそう言うことである。要するに町から消えて、個々の記憶から薄らぐ、あるいは消えてなくなるもののことである。その見出しも「いつの間にか見かけない」「消えてしまう今」と随時変えているが、結局は似たような内容である。つまり、どういった見出しを付けてもいいのだが、今回は「いつか見かけない・2」といきましょうか。

 

と言うことで、そうした見かけなくなってしまったものをランダムで紹介しよう。とは言っても、見かけないものにも2種類ある。ひとつは完全に見かけなくなってしまったもの、消えてしまった建築物などもそれにあたる。もうひとつは早晩見かけなくなるであろうものである。

 

 

①フィルムからスキャン(情報一切不明)


まずは①を見てもらおう。おでんの屋台の引き売りである。かつては夕方の風物詩であったが、とんと見かけなくなってしまった。前掲の2種類ある内の後者であろう。というのも、皆無というわけではなく、どこかの町ではまだこうしたおでん屋さんがあると思うからである。しかし定位置に居座ってということが多いと思う。引き売りは定位置で商売をしているわけではなく、町を流して商いをしていた。

 

我が町には夕方現れた。子供の小遣いでは買えなかった。というか、夕方まで辛抱して、小遣いを握りしめているなど無理であった。たまに親に頼んで買ってもらったが、とにかく屋台のおでんを腹一杯食べてみたかった。

 

②Nikon D3・32mmで撮影・絞りF5.6・1/160秒・ISO200・RAW(撮影日 2009年3月2日)

 

お次は②であるが、みなさんは貸本というのをご存じであろうか? あたしと歳が凸凹の方は当然知っていることであろう。若い人は多分知らないであろう、と言うのも生まれた時代にはすでに貸本屋自体がなかったのではかなろうか。「どういうものですか?」と訊かれたら説明するのも面倒くさいので、レンタル本屋と言って話を他へもっていくことが多い。

この写真は2009年の撮影であるが、この時すでに写真の貸本屋はかなり前に廃業していた。今では写真の建物もとっくになく、大きなマンションになっている。

 

 

③Leica M8・1/60秒・ISO160・RAW(撮影日 2010年5月21日)

 


マンションになっていると言えば、③の写真をご覧あれ。銀座一丁目にあった中村畳店である。銀座一丁目とは言っても、ビル街の銀座ではなく、東銀座(旧木挽町)である。もっとも銀座でこうした建物を眼にすると、このあたりが下町だったことがうかがい知れる。ちなみに本来の下町は、今の中央区と千代田区の一部である。浅草、深川、向島は本来の下町範疇ではなく、かなり経ってから下町の仲間入りをした。

 

 

④Leica M9-P・1/90秒・ISO160・RAW(撮影日2012年2月13日)

 

撮影時の2010年には畳屋は廃業していたが、その2年後には見事に変貌を遂げてマンションになっていた(④)。ちなみにここの娘さんのK子さんはあたしと同級生であった。

 

 

⑤Leica M8・1/8秒・ISO320・JPEG(撮影日2010年7月9日)

 

 

さて⑤の写真はお分かりですな。えっ何だか分からないですって? そうね、知らない人もおりますでしょうね。銭湯の脱衣カゴですよ。そう言われても尚、分からない人もいるんでしょうな。昔の東京の銭湯の板の間の隅には、こうした脱衣カゴが積み上げられていた。そしてそのひとつを取って、逆さにして板の間に角を打ち付ける。バシャッという音がする。中のホコリを落とすんでしょうな。これは誰しも例外なくやっていた。そこに着ていたものを脱いで乱雑に放り込む。カゴは板の間に放置して、洗い場へと向かう。保安も何もあったもんじゃない。これが昔の当たり前にあった銭湯の風景だった。余談ですが、銭湯の泥棒を板場稼ぎと呼ぶ。

余談ついでにもうひとつ。ヨドバシカメラの通販でこのカゴ「籐のバスケット 脱衣カゴ」として売られていた。ちなみにお値段は5,310円でした。

 

それがいつしか保安のためかロッカーが設えられるようになったのだが、多分昭和40年代の頃からではなかったか。しかしロッカーになっても昔の名残のカゴが板の間の隅に置かれていた――ロッカーではなくそれを使う人もいた。それがこの写真である。

 

 

⑥ Nikon D200・50mm(35mm換算75mm)で撮影・絞りF4.0・1/25秒・ISO100・JPEG(撮影日 2007年10月21日)

 


そしてヘビを手にしている⑥は、見世物小屋のお姉さんである。なんだかよく分からないが、嬉しそうである。この見世物小屋というのも見なくなってしまった。祭礼や縁日の時、ちょっとした空間があれば、見世物かお化け屋敷の小屋が建てられた。この写真は川越祭りで見かけた見世物小屋である。この時、写真のお姉さんの側で、このお姉さんとは違う妙齢なご婦人が「私たちも後継者がいなくて困っておりましたところ、この○○ちゃんが跡を継いでくれることになりました」とニコやかにマイクで語っていた。う~ん確かにこの商売、後継者不足になりましょうな。

 

 

⑦Nikon D100・28mm(35mm換算42mm)で撮影・絞りF8.0・1/160秒・JPEG(撮影日 2005年9月14日)

 


⑦は豊洲(江東区)の広大な空き地である。右に見えるのがゆりかもめの線路であるが、写真を撮ったのが2005年9月だから、まだ開通はしていない。ゆりかもめの有明駅~豊洲駅間の開通は2006年の3月である。

 

しかしゆりかもめは愛称で正式な路線名は東京臨海新交通臨海線という。仮名で表記すると、とうきょうりんかいしんこうつうりんかいせんと、やたら長ったらしいが、これを正式名称で呼ぶ人を一度も見たことも聞いたこともない。そしてこの広大な土地に豊洲市場ができたのであるが、今やあたしは定点すらつかめない。

 


 

⑧Nikon D3・35mmで撮影・絞りF8.0・1/640秒・ISO200・+0.3EV補正・RAW(撮影日 2008年6月1日)

 

 

⑧は渋谷の東横デパートの屋上であるが、かつてデパートと言えば、その屋上には間違いなく簡易遊園地があった。それがだんだんなくなり、今や全く姿を消してしまった。家族連れでデパートにお出かけというような家族の一大イベントがなくなってしまったからであろうか。そのように、家族でデパートにお出かけというものが希薄になったもので屋上の遊園地がなくなってしまったのか、はたまた遊園地がなくなってしまったから、家族でデパートに行かなくなってしまったのだろうか……。多分前者であろう。子供の頃、デパートって楽しかったんですけどね。

 

 

⑨Nikon D200・30mm(35mm換算45mm)で撮影・絞りF8.0・1/5秒・ISO800・RAW(撮影日 2007年11月22日)

 


渋谷と言えば、ちょっと前まであった景観である⑨。いやいや、ちょっと前と思っていたら撮影日は2007年11月22日であるからにして、17年も前になる。道玄坂にこの建物――洋風長屋とでも言おうか――があった。渋谷らしからぬたたずまいがなんとも好きだったが、まあ見てのとおり、どう考えても壊される運命を避けられない建物である。今は何になっているんだろうか、これまた定点を失ってしまっている。で、裏へ回ると、⑩の景観である。この時点で、よく残っていたと感心させられる。

 

 

⑩Nikon D3・35mmで撮影・絞りF8.0・1/90秒・ISO200・RAW(撮影日 2011年1月18日)

 


町はどんどん遠ざかっている。

まだ覚えている。

まだここに何があったか覚えている。

これが何だか覚えている。

やがてそれが消えて行ってしまう。

見えないところまで、遠ざかってしまう。

 

 

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

 

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