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top コラムなぎら健壱の「遠ざかる町」第38回 デパートの屋上は今

なぎら健壱の「遠ざかる町」

第38回 デパートの屋上は今

2025/05/23
なぎら健壱

川越にあるマルヒロデパートの屋上。

OLYMPUS OM-D E-M1MarkⅡ・M.ZUIKO DIGITAL ED12-100mmF4.0 IS PRO・25mm(35mm判換算50mm)で撮影・絞りF9.0・1/500秒・ISO200・RAW[撮影日 2019年6月17日]

 

 

『デパート』とは『デパートメント・ストア』の略であり、日本語では『百貨店』と称する――そんなこと誰でも知っているですって? だけどね、そうでもないのよ。この間、なんの拍子かデパートの話になった時、若い男が「デパートというのはショッピングモールのこどですか?」と訊いてきた。そんな時代なのよ、デパートという存在が遠ざかってしまったんですよ。

 

まっそれは置いとくとしまして、都会、あるいはその近郊に住んでいる人たちならば――つまり余程の田舎ではない限り――一度ならずともデパートに行ったことがあると思う。そしてデパートでの思い出といえば、人それぞれであろう。あたしのデパートというと子供の頃の思い出が強く、おもちゃ売り場、大食堂、そして屋上であろうか。

 

私は小学校3年まで、東銀座に住んでいた(現・銀座2丁目)。東銀座と言えば、喧噪たる銀座エリアとは全く違い、高いビルなどはほとんどなく、仕舞屋や商店なども多く見受けられた。舗装のされていない路地がいたるところにあり、下町の風情が色濃く残っていた。歌舞伎座の裏辺りが東銀座であり、かつては木挽町と言われていたが、今は東銀座、西銀座という地名も失われ、すべて銀座に統一されてしまった。

 

とは言えデパートまで歩いても、さほど時間はかからなかった。家から近い順に並べると銀座松屋(銀座3丁目)、銀座三越(銀座4丁目)、銀座松坂屋(銀座6丁目)、そごう(有楽町)であろうか。

 

一番近かったのが銀座松屋ということもあり、もっとも足を向けたデパートであろう。当時の松屋は今の大きさの半分ぐらいしかなく、またエスカレーターも上りのエスカレーターのみで下りはなかった。

 

「屋上の思い出も根強くある」と前述したが、当時のデパートの屋上といえば、多くのデパートが子供のための簡易遊園地を設えていた。また、シンプルなゲーム機なども並んでいた。

 

 

渋谷の東横デパートにあった。簡易遊園地である。昔はどこのデパートの屋上でも見かけた光景なんですがね。

Nikon D3・35mmで撮影・絞りF8.0・1/640秒・+1/3EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2008年6月1日]

 

そうした遊具やゲームの料金は一体幾らだったのだろうか? 確か10円だったと記憶するが、お金は親が出してくれたのであろう。

そういえば松屋の屋上には売店があり、飲み物などを販売していた。そうした売店はほとんどのデパートにあった。その売店で初めてコカ・コーラなるものを飲んだ。あれは幾つの時だったんだろうか? 幼稚園かあるいは小学校の低学年だったか? コカ・コーラ、ジャパンのホームページで確認したところ「日本でコカ・コーラの製造販売が本格的に始まったのは昭和36年(1961年)のことです」とある。それを考えると、あたしが小学校2年の時である。

 

父親と屋上のベンチに腰をかけてコーラを口にした。父親はコーラを口にして、すぐに吐き出した。そして「なんだ、こりゃ? やけに薬臭いぞ」と言った。確かにあたしの口の中にも薬のような得も言われぬ妙な味が広がった。父親はすぐに自分と私のコーラを手にすると、売店に向かった。売店の若い店員に「この飲み物ちょっと変な味がするんだよ……薬のような」店員は怪訝な顔をして「そうですか?」と首をひねった。「ちょっと飲んでみな」そう父親が言うと、若い店員はそれを口にした。そしてすぐに吐き出した。「いやホントですね、薬臭い。失礼しました」そう言って代金を返してくれた。なぜかその時のやり取りを鮮明に覚えている。コカ・コーラが市民権を得るようになるのは、もう少し後ではなかっただろうか。しかしこの薬臭い飲み物は、あっという間に日本中に広がった。

 

銀座松屋の屋上だが、昔の景観とはまるで違ってしまった。

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・18mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF8.0・1/1600秒・‐1/3EV補正・ISO2000・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

松屋の屋上には、3階分位の高さがあるどっしりとした展望台があった。そこから銀座を一望することができた。いつ頃か、その展望台の外階段にはカギがかかり、登ることができなくなってしまった。安全上の問題なのか、もう一度その展望台に登って当時を思い出したいのだが。それはかなわない。

 

これが展望台である。左側が展望台に上がる階段だが、今は側にも寄れない。

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・10mm(35mm判換算15mm)で撮影・絞りF8.0・1/5000秒・‐1/3EV補正・ISO2000・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

屋上には鳥などを売っているコーナーがあったが、今はそれもない。今、松屋の屋上は、さほど大きくないテラスとゴルフ練習場、反対側はビアガーデンである。昔とはまるで様変わりしてしまった。片隅に龍光不動尊の小さなお社があって、これは昔から変わりなく鎮座している。

 

龍光不動尊の小さな社である。ここだけは昔と変わらない。

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・18mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF8.0・1/15000秒・‐1/3EV補正・ISO2000・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

こうなりゃもう2、3か所行ってみるかと、松屋のすぐ側にある。銀座三越の屋上にも行ってみた。ここもよく来た記憶があるが、あまり覚えていない。屋上はやはりテラスになっていた。

 

銀座三越の屋上だが、芝生内は立ち入り禁止である。ここはビアガーデンやらないのかな?

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・17.4mm(35mm判換算27mm)で撮影・絞りF6.3・1/3200秒・‐1/3EV補正・ISO2000・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

せっかくだ、日本橋の三越、高島屋の屋上も覗いてみよう。この高島屋の屋上も同じくテラスになっているが、そのほとんどがBBQのスペース(ビアガーデン)であった。時期が早いのか、まだオープンはしていなかったが、夏ともなれば夕刻には大勢の人で賑わうに違いない。

 

結構なテーブルの数がありますが、行ってみたいな。混雑するんですかね。

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・10mm(35mm判換算15mm)で撮影・絞りF7.1・1/8000秒・‐2/3EV補正・ISO2500・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・10mm(35mm判換算15mm)で撮影・絞りF7.1・1/12800秒・‐2/3EV補正・ISO2500・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

実は昭和25年(1950)から4年間、この屋上に象が飼われていた。高島屋から取ったのか、名前を高子と言ったが、大きくなり過ぎて上野動物園に引き取られたという。屋上にあるエレベーター機械室に象のデザインを見ることができる。

 

象の形に見えますか?

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・18mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF5.6・1/26000秒・‐2/3EV補正・ISO2000・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

日本橋三越は三井家の呉服店「越後屋」として創業し、三井家の商号の一部に「越後屋」の「越」を組み合わせて「三越」となった。

 

日本橋三越、新館。金字塔は本館にあります。

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・18mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF6.3・1/10000秒・‐2/3EV補正・ISO2500・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

1904年「デパートメント・ストア宣言」を行った日本最古の百貨店で、屋上には三井家の守護神三囲神社の活動大黒天が祀られている。

こちらの広いビアガーデンは屋根付きである。

 

バンド演奏などのイベントも出来そうなぐらい広い。

SIGMA BF・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・18mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF6.3・1/3200秒・‐2/3EV補正・ISO2500・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

こうして考えると、ほとんどのデパート、夏には屋上をビアガーデンとして開放してるわけですな。

屋上には展望室のついた高塔が設けられている。ライトアップされた高塔が金字塔と呼ばれ、日本橋三越の象徴でもある。

 

これが日本橋三越のシンボル、金字塔。様々な装飾が素敵で、時代を感じさせてくれる。

SIGMA BF・45mmF2.8 DG|Contemporary ・45mmで撮影・絞りF5.6・1/12800秒・‐2/3EV補正・ISO2500・RAW[撮影日 2025年5月20日]

 

 

とにかく簡易遊園地はどこのデパートからも消えてしまった。「お出かけ」と称して家族で訪れたデパート。今は全くそうした家族のイベントからも置いていかれてしまっている。デパートという響きが昔とは違い、違くなってしまっている。

 

蒲田の東急プラザ。都内で唯一現存する屋上観覧車がある。

OLYMPUS OM-D E-M5 MarkⅡ・M.ZUIKO DIGITAL ED14-150mmF4-5.6 Ⅱ・20mm(35mm判換算40mm)で撮影・絞りF5.6・1/800秒・+0.7EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2016年2月13日]

 

◉今回のお供は…… 

SIGMA BFシルバー・10-18mmF2.8 DC DN|Contemporary ・45mmF2.8 DG|Contemporary 

撮影日は、2025年5月20日

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

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