top コラムなぎら健壱の「遠ざかる町」第20回 消えてしまう「今」

なぎら健壱の「遠ざかる町」

第20回 消えてしまう「今」

2023/10/24
なぎら健壱

北千住にて(2005年)

 

あたしのファンクラブの会報にこうした文章が記載されていた。

 

かつての東京の下町を写した写真に、昔の東京を知らない千葉県民の私でも、鼻の奥がツンとするような心持ちの写真展でした。会場に掲示されたご寄稿に、変わりゆく街の姿に対し「憂いているのではない、ただ懐かしんでいるだけ」と書かれた一文がとても心に残っています。

 

江東区の森下文化センターで毎年行われていた、あたしの写真展に対しての感想である。さらに文章はこう続けられていた。

 

当時、田端にあった勤務先が都の区画整理によって移転の動きがあり、風情ある街並みがみるみる壊されている最中でした。不忍通りの道坂下から滝野川までの道を拓くために、銭湯や団子屋、赤旗不動の境内が取り壊されて更地になっていくのを見ていた折でしたので、なぎらさんの言葉はとても切なく、それでも景観を心に留めていることで救われるという心持ちになりました。

 

あたしの写真からこのような気持ちがわいてくれたのはありがたい限りである。というのも、こうした見方をしてくれる方はごくわずかではなかろうかと思うのである。
 

その言葉に応えるものとは違うかもしれないが、たとえば①は日本橋にあったそば屋の偽壁建築(看板建築と呼ぶ人もいるが、あたしは偽壁建築と呼んでいる。看板ではないからである)であるが、こうした写真というのは、その景観が失われた時初めて生きてくるような気がするのである。写真的にはどうかと思われる一枚であるが、この建物がなくなってしまっている今、その定点すら分らない。それほど日本橋界隈はとてつもない変貌を遂げてしまっている。

 


①Panasonic LUMIX DMC-L1・18mm(35mm判換算36mm)で撮影・絞りF6.3・1/20秒・−0.7EV補正・ISO100(撮影日時:2006年)

 

②の写真は魚籃坂(ぎょらんざか・東京都港区三田四丁目と高輪一丁目の境に存在する坂)にあった牛乳店である。この前を通るたびに気になっていた建物だが、いつの間にかなくなっていた。

 


②NIKON D200・30mm(35mm判換算45mm)で撮影・絞りF8・1/125秒・−0.7EV補正・ISO100(撮影日時:2006年)

 

日本橋もこの魚籃坂の写真も、なんてことはない写真である。双方とも定点すら分らず、このあたりかと思われる場所に立ってキョロキョロするのだが、どのあたりだったか皆目見当もつかない。
 

そのような、経時でこんなにも変わってしまうんだと思われる、そんな定点写真も紹介しておこう。③と④は熊の前(荒川区東尾久)である。

 


③RICOH GR Digital・絞りF2.4・1/80秒・ISO100(撮影日時 : 2005年)

 

④SONY NEX-5・18mm(35mm判換算27mm)で撮影絞りF7.1・1/50秒・ISO200(撮影日時 : 2011年)

 

⑤と⑥は町屋駅傍(荒川区)である。両方とも写り込んだ建物等がなければまるで定点撮影とは分からないだろう。こうして町が変わっていく、そうした例である。

 

⑤NIKON D200・46mm(35mm判換算69mm)で撮影・絞りF5.6・1/15秒・ISO100(撮影日時:2006年)

 

⑥SONY NEX-5・48mm(35mm判換算72mm)で撮影・絞りF7.1・1/25秒・−0.3EV補正・ISO200(撮影日時 : 2011年)

 

考え方によってはこうした写真は、貴重な記録ということになり得るかもしれない。前述のように、写真としてはどうかと思うのだが、よくこの被写体を抑えておいたと自賛してしまうのである。
 

⑦の写真も味も素っ気も何もない。かつて新宿区四谷にあった文化放送(その昔はカトリック教会)の正面である。文化放送がなくなると聞いてシャッターを切ったかどうか覚えていない。文化放送が浜松町に移転したのが2006年のことで、撮影日は2005年であるから、多分、なくなるのを知ってのショットだろう。しかしこんな写真、他にも誰か撮っているのだろうか。

 

⑦NIKON D100・24mm(35mm判換算36mm)で撮影・絞りF6.7・1/160秒・ISO200(撮影日時 : 2005年)

 

あたしの好きな写真家の一人に桑原甲子雄氏がいる。以前も書いたが、あたしが氏の写真が好きなのは、何でもない市井の写真を撮り続けたことにある。
 

なんでもない写真とはいささか無礼だが、その当時は当たり前にあった光景なのである。被写体が当たり前にあった風景や庶民の生活だからこそ、皆、通り過ごしてしまったのである。人は当たり前のものには関心を示さない。ましてや庶民には高価な写真機で、当たり前のものなど切り取ろうなどはしなかっただろう。
 

しかし、その時点では何の変哲もなかった市井の景観は時を経て貴重なものとなりうるのである。当たり前だったゆえに、記録として残しておいたものが、記憶の中に蘇る。さらに経時と共にそれは記憶の中からも消え去り、写真の中にだけ存在していることになる。
 

最後に歌舞伎座である。⑧は旧歌舞伎座(2009年撮影)⑨は閉鎖中で、⑩は工事中、そし⑪は現歌舞伎座である。

 


⑧SIGMA DP1・絞りF5.6・1/200秒・ISO100(撮影日時 : 2009年)

 

⑨Leica M8・レンズ不明・絞りF4・1/250秒・ISO160(撮影日時 : 2010年)

 

⑩NIKON D3・35mm・絞りF6.7・1/350秒・−0.3EV補正・ISO200(撮影日時 : 2011年)

 

⑪Panasonic LUMIX S5・21mm・絞りF6.3・1/200秒・−0.3EV補正・ISO100(撮影日時 : 2023年)

 

前述のように、こうしたなんでもない写真も、経年でそこに今しかない景観が記録され、記憶されていくのである。この4枚、なんとなく撮った写真で、あまりにもお粗末ですがね。
 

とにかく歩くしかない。そこに「今」を発見できる――そうした眼を持っていればだが。気が付かなければ、間もなく消えてしまう「今」に……。

 

 

●記念コンサート情報
なぎら健壱コンサート2023 下町情歌Part.18
・2023年11月4日(土)17:00開演(16:30開場)
料金(全席指定・税込み):一般5,000円(友の会4,500円)
会場:亀戸文化センター カメリアホール

●CD発売情報
なぎら健壱 レコードデビュー50執念記念ALBUM
「ぐるり万年床~あれから50執念~」 ROOTS-016
全国CDショップにて発売中!& デジタル音源配信中!
 
●書籍発売情報
『アロハで酒場へ ~なぎら式70歳から始める「年不相応」生活のススメ~』
判型四六判・1,815円(税込)・双葉社
 
●LIVE SCHEDULE
・9/30(土) 吉祥寺マンダラ2
・10/6(金) 長野・Rosebery cafe
・10/7(土) 松本ロフト
・10/8(日) 駒ヶ根・カントリーカフェ
・10/13(金) 旅とカレーと音楽の店 JAN (掛川)
・10/14(土) Live House UHU(静岡)
・10/15(日) Community Space ANTERA(富士)

・10/28(土) 吉祥寺マンダラ2
・11/4(土) カメリアホール
・11/15(水) 北区王子 北とぴあ さくらホール
 イベント出演「ナカハチ オンタイム」
・11/18(土) 大岡山Goodstock Tokyo
・11/25(土) 吉祥寺マンダラ2
・12/9(土) 横浜サムズアップ

※「なぎらチャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCFCz3lDO-hXCb1NnVwTsgpA
※TOTAL INFO : http://roots-rec.s2.weblife.me/index.html

 

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