なぎら健壱の「遠ざかる町」

第33回 記憶の記録

2024/12/18
なぎら健壱

博多にて

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF5.6・1/800秒・ISO200・JPEG[撮影日 2018年8月1日]

 

 

最初に断っておくが、今回紹介する写真は文章と直接の関連はありません。あるとすれば、地方で撮った写真ということになるでしょうかね。まあ、本文を読んでいただければ分かると思いますけどね。

 

あたしが初めて自分のカメラを持ったのは、1972年のことである。それまでは、例えば旅行や何かのイベント等、カメラが必要な時は友人から借りていた。言ってみれば、カメラや写真に興味がなかっただけである。それがまたどうしてカメラを手にするようになったかと言うと、高田渡という先輩フォークシンガーの影響である。

 

 

豊後高田市にて

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF5.6・1/500秒・ISO200・JPEG[撮影日 2018年7月31日]

 

 

当時(70年代前半)、フォークのコンサートが盛んに行われた。日本全国、いたるところで日毎コンサートが開催されており、あたしなどもそうした場所に頻繁に呼ばれた。北から南へと声がかかればどこへでも出かけ、結構忙しくやっていた。

 

しかしそうした地方でのステージだが、どこへ行っても行動がワンパターン化していた。まず交通機関を使って現地入りする――今のように交通の便が良くなかったので大変でしたがね。

 

 

熱海にて

OLYMPUS OM-D E-M1MarkⅡ・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO・24mm(35mm判換算48mm)で撮影・絞りF8.0・1/500秒・-0.3EV補正・ISO200・JPEG[撮影日2018年3月13日]

 

 

そして会場となるホールや公会堂に向かう。会場入りすれば直ぐにリハーサルが始まる。今と違い音響設備が単純であったがため、そんなにリハーサルに時間はかからなかった。終われば時間が空く。ほとんどの場合、コンサートが始まるのは夕方過ぎからである。そこで待ち時間ができる。2時間、いや、たっぷり時間が空くとなると、3、4時間などということも珍しいことではなかった。その時間何をやっているかというと、何もやっていない――何もやっていないというと語弊があるかもしれないが、実になることをやっているわけではなかった、という意味である。楽屋でだべっているか、横になっているか、パチンコに出かける奴、中には酒を飲んでいる人間もいたっけ。

 

会場の近所を散策という人もいたが、散歩程度であった。その土地の観光地や景勝地を巡るという人はまず稀であった。というのも、たとえば3時間時間があるにしても、移動時間、そして観光をして歩くことを考えると、待ち時間が中途半端な時間であったからであろう。

 

 

静岡にて

OLYMPUS OM-D E-M1MarkⅡ・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF5.6・1/1250秒・+1.0EV補正・ISO200・JPEG[撮影日2018年3月14日]

 

 

勿体なかったと思う。身銭を切ってではなく、人様のお金で未知の土地に行くことができたのに、何もしなかったのである――記憶に残ることをしなかったのである。しかるに我々の頭には一体どういった土地に行ったのか残っていないのである(全部が全部というわけではないが)。

 

そんな時、前述の高田渡さんと某所で会場の側をブラブラする機会があった。その時彼はカメラを手にしていた。以前から彼がカメラに興味を持っているのは知っていたが、撮影をしているのは初めて見たのではなかっただろうか?(いかんせん50年前のことであるからして、それが初めてのことだったかどうかは定かではないが)。

 

 

越後高田にて

SONY Cyber-shot DSC-RX100Ⅲ・ZEISS バリオ・ゾナーT*8.8-25.7mmF1.8-2.8・8.93mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞りF5.6・1/200秒・-0.3EV補正・ISO125・JPEG[撮影日  2019年10月7日]

 

 

しかしその行為に魅せられたのである。そう言ってしまえば大仰だが、「いいなぁ~」と思ってしまったのである――とくに後日その時の写真を見せてもらった時、あの時、眼に写ったものが、思い出されたのである。それがなければ、思い出されなかったかもしれないものが、そこに写っていたのである。今までぼ~っと見過ごしてきたものが、そこにあった――そこに記録されていたのである。要するに記憶されていなかったものが、記録されていたのである。

 

 

秩父にて

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO・14mm(35mm判換算28mm)で撮影・絞りF7.1・1/160秒・-0.3EV補正ISO200・JPEG[撮影日 2020年10月26日]

 

 

 

「これだ!」と咄嗟に思ったのである。そして直ぐにカメラを買いに新宿まで出かけていった。何も分からないあたしは、とにかく高田さんと同じものならいいだろうと、それを買った。それがニコマートであった――重いカメラだったなぁ~。

 

 

玉島にて

Panasonic LUMIX GX7 MarkⅢ・LUMIX G VARIO 12-32mmF3.5-5.6 ASPH./MEGA O.I.S.・21mm(35mm判換算42mm)で撮影・絞りF5.0・1/500秒・-0.3EV補正・ISO200・JPEG[撮影日 2018年3月27日]

 

 

そいつが旅のお供となっていろいろ写しましたよ。まずカメラを手にして町を歩いていると、何かを写そうという気持ちがそうさせるのだろう、周囲を見るようになる。というか、周囲が見えるようになる。みなさんもカメラを持って町歩きをしていると、きっと同じような心持になると思いますよ。

 

 

 

門司港にて

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO・20mm(35mm判換算40mm)で撮影・絞りF5.6・1/400秒・ISO200・JPEG[撮影日 2018年8月1日]

 

 

それが現在にいたるまで続いている。町歩きが好きな人はカメラを持って歩きなさいと、平素から言っている。町が好きならば、一層町に興味が持てるようになる。そしてその記録が町を記憶しておくことにもなる。町は目まぐるしく姿を変えている、とは口酸っぱく言っていることだが、何年か後にそこを訪れた時、その変貌に記憶が着いて行けずに飛んでしまっているかもしれない。しかし記録は残っているのである。

 

 

博多にて

OLYMPUS PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO・18mm(35mm判換算36mm)で撮影・絞りF5.6・1/800秒・ISO200・JPEG[撮影日 2018年:8月1日]

 

※・今回紹介した写真、次にこの場所を訪れた時、消えてなくなってしまっているかも知れない。

 

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

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