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なぎら健壱の「遠ざかる町」

第40回 写真の中にいる

2025/07/19
なぎら健壱

今はとんと見なくなった鳩小屋が棟上に作られている。しかし、よく気付いたな~あたし!(足立・足立区)。

Nikon D200・36mm(35mm判換算54mm)で撮影・絞りF8.0・1/25秒・ISO100・RAW[撮影日 2008年9月2日]

 

 

 

もしも時空を超えて過去に戻ることができるとしたら、どの時代の、どの場所に行ってみたいですか? 要するにタイム・トリップというやつである。タイム・トリップとはある時代に行って、帰って来ることができる状態を言う。時間旅行とでも言おうか、自発的に過去や未来へ移動することを意味する。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などがそれである。

 

一方、タイム・スリップという似た言葉があるが、こちらは自分の意思とは関係なく、事故のような形で思わぬ時代に持って行かれてしまい、帰り方も分からないというような状態のことを指す。漫画『漂流教室』、映画『戦国自衛隊』などがそれである。

 

なぜそんなことを書いたのかと言うと、前述のように、もしタイム・トリップできるのならば、あなたはいつの時代に行ってみたいですか、ということである。たまに酒席でそんなことを訊いてみたりするのだが、その答えはみなまちまちである。で、あたしはと言うと、まあ、あの時代あの場所といろいろあるのだが、自分の生まれた頃の東京に行ってみたい。農村とか田舎ではなく、都会が良い。都会のその頃と、今との変貌を見てみたいのである。もしカメラを持っていれば1日中シャッターを切っているに違いない。

 

ここに古いアルバムがある。あたしの生まれた時から幼年期、小学校低学年の頃の写真が貼られている。その頃の記憶などほとんどないのだが、3分の1ぐらいの写真は、その写真を見ることによって、その時のことが漠然と思い出される――状況が眼に浮かぶのである。これは写真の持っている魔力なのだろうか、非常におぼろげではあるのだが思い出されるのである。不思議としか言いようがない。そんな、あたしが生まれた前後の東京を見てみたいのよ。

 

別にそんな思いからではないのだが、古い写真を見ていた。古いとは言ってもネガやポジではなく、デジカメで撮った写真である。よってデジカメを手にした頃からのことだからして、たかだか20数年前のことである。それを撮影月日も関係なくランダムに見ていたのだが、先の話ではないが、撮影時のことを鮮明に思い出す写真が多いが、全く覚えてない写真も数多くある。何ゆえにこんな写真を撮ったのだろうかと、首をひねる写真もある。

 

何枚か乱暴に見ていくと、写真の中にはすでに失われたモノが写っているのも少なくはない。頭は記憶をしていないが、写真は記憶しているのだ。今回はそうした写真をこれまたランダムに紹介しよう。

 

まずはトップの写真だが、上野を知っている人は懐かしいと思うだろう。似顔絵描きである(①)。

 

 

①Nikon D100・32mm(35mm判換算48mm)で撮影・絞りF4.8・1/90秒・ISO200・RAW[撮影日 2005年5月12日]

 

 

京成上野駅を出た右手に上野のお山に上がる階段がある。そこに似顔絵描きがイーゼルを立て常時4、5人いただろうか?(②) 

 

②Nikon D100・70mm(35mm判換算105mm)で撮影・絞りF4.0・1/60秒・ISO200・RAW[撮影日 2005年5月12日]

 

 

先日そこを通った時に「あれ? そう言えば似顔絵描きがいない」と気が付いたのである。一体何年ぐらい前から見かけないのか、意識の外にあったためまるで記憶にないのである。

 

さて脈絡もなく紹介していこう。北千住(足立区)の宿場通りにある『槍かけだんご かどや』である(③)。この名前の由来は、江戸時代まで遡る。

 

 

③Nikon D100・40mm(35mm判換算60mm)で撮影・絞りF5.6・1/125秒・ISO200・RAW[撮影日 2005年5月9日]

 

 

旧水戸街道沿いにあった立派な松の木が、街道に張り出しており、参勤交代の大名行列の際、長い槍を持つ槍持ちが通ることができない。槍を横に倒すことは許されないのが槍持ちなのである。仕方なく、この松を切ろうということになるのだが、それに待ったをかけたのが水戸藩主、徳川光圀。水戸の黄門様である。立派な松を切るのは忍びないと、この松に槍を立てて休もうということになった。休んだ後、松の向こう側から槍を取れば、槍を倒したことにはならない。そこで「槍かけの松」と呼ばれるようになった。

 

説明がうるさくなってしまったが、この写真にあるのは懐かしき店舗である。今はガラリと変わり、キレイな今様の店構えになっている。

 

お次はお隣の町、南千住(荒川区)で見かけた塀の上の「忍び返し」である(④)。

 

 


④Nikon D100・48mm(35mm判換算72mm)で撮影・絞りF3.5・1/1600秒・‐0.5EV補正・ISO200・RAW[撮影日 2005年6月11日]

 

 

侵入者を物理的に阻止するだけでなく、見た目の心理的な抑止効果もあるんでしょうな。しかし「忍び返し」とは凄い名前だが、形は変わっても、今も目にすることがある。だが写真のような仰々しいモノは、だんだん見なくなってしまっている。そう言えばガラスの破片をコンクリで固定している塀もありましたね。

 

そして⑤だが、ちょっと前までは京島(墨田区)あたりの横丁や路地裏でよく見かけた住宅である。

 

 


⑤Nikon D100・28mm(35mm判換算42mm)で撮影・絞りF4.8・1/80秒・ISO200・RAW[撮影日 2003年11月23日]

 

 

青い色のトタンが目印のようにこのあたりに多く点在していた。それが最近は見かけなくなってしまった。老朽化であろう、どんどん建て替えられている。

 

続いて⑥は下谷(台東区)で見かけた長屋形式の建物で、実にいい佇まいの家である。

 

 

⑥FUJIFILM FinePix 4800Z・8.3-24.9mmF2.9-7.0・8.3mm(35mm判換算36mm)で撮影・絞りF2.8・1/590秒・ISO125・RAW[撮影日 2003年2月26日]

 

 

このあたりを訪れるたびに「おお~まだ健在じゃないの。いつまでも頑張れよ!」とエールを送って来た。その都度この建物の写真を撮っているので、かなりの枚数があると思うが、最近無沙汰なので果たして残っているのかどうか?

 

⑦の理容店もいい雰囲気を醸し出している。向島(墨田区)で見かけたのだが、今や所在地も分からなくなってしまっているが、もうないんでしょうな~。

 

 


Nikon D100・28mm(35mm判換算42mm)で撮影・絞りF5.6・1/125秒・ISO200・RAW[撮影日 2003年8月28日]

 

 

⑧は月島(中央区)の路地から見える隅田川対岸の聖路加ツインビルを遠望した一枚であるが、この写真、街灯のアーチ形の、う~むなんと呼ぶんだろう。

 

 

[撮影日 2025年7月15日]

 

 

とにかくアーチ形の電気のコードが通っている鉄パイプが時代を感じさせる。何回か再撮を試みて足を運んだのだが、所在が全くつかめなかった。分かり易い場所なのになぜ見つからないのだろうと思っていたら、このエリアは一掃されてマンションになっていた。つまり路地は消えていたのだ。

 

⑨はかつて下北沢にあった「下北沢駅前食品市場」の中である。

 

 


EPSON R-D1・絞りF3.5・1/8秒・ISO400・RAW[撮影日 2005年4月22日]

 

 

下北沢は駅前再開発によって、まるで変ってしまった。かつての面影は全くなく、居場所を見失ってしまうこともしきりである。

 

しかし、こうした写真を見ていると、その時代にもう一度行って写真を撮ってみたくなる。たかが20年前の写真でそう思うのだから、昭和の時代はなおさらであり、遥か遠くへ行ってしまっている感がある。

 

そう思うと、なぜカメラを手にし始めた70年代にもっと写真を撮っておかなかったんだろうかと後悔される。しかしカメラを手にしていても写真は撮らずじまいだったかもしれない。当たり前の景観を撮ってもつまらないと、シャッターを切らなかったに違いない。あるいは興味も浮かばず、通り過ぎて行ったのかもしれない。それが時間とともに町から消え、「ああ、撮っておけば」と悔やまれることしきりなのである。だからおちおちできないんですよ。

 

 

 

 

Profile

なぎら健壱

1952年、東京生まれ。70年、アルバム『万年床』で、フォークシンガーとしてメジャーデビュー。以後ラジオパーソナリティー、俳優、エッセイスト、タレントとして活躍。写真やカメラにも造詣が深く、写真家の顔も持っている。『町の残像』(日本カメラ社)など著書も多数ある。

 

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